最新記事
シリア

イスラエルのガザ攻撃に対する「イランの民兵」の報復で米軍兵士が初めて死亡:困難な舵取りを迫られる米国

2024年1月29日(月)19時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

米国と距離を保とうとするヨルダン

シリアとヨルダン政府の関係がぎくしゃくするなかで、今回の米軍基地に対する攻撃が、シリア領内からの越境攻撃であったとしたら、密輸撲滅に加えて、報復というシリアへの越境攻撃の根拠をヨルダンに与えていたに違いない。だが、ムバイディーン内閣報道官兼通信大臣がヨルダン領内の米軍基地への攻撃を否定した背景には、米国がシリアやイラクに対して行うであろう新たな報復、そしてそれに対する「イランの民兵」側のさらなる報復という暴力の連鎖に巻き込まれるのを回避したかったからだと考えられる。

加えて、ヨルダンが「イランの民兵」と対立を深める米国に過度に同調、あるいは連携することは、米国がガザ地区へのイスラエル軍の攻撃に歯止めをかけることができない(あるいは歯止めをかける真の意思を欠いている)なかで、ヨルダン国内やアラブ世界における反イスラエル感情を逆撫でしかねない。ヨルダンは米国と一定の距離を保とうとしているとも解釈できるのだ。

シリアからの撤退を模索する米国

ことの真相がいかなるものであれ、米国と「イランの民兵」の攻防が激化することが懸念されていることだけは誰の目からも明らかだ。にもかかわらず、米政府がシリアからの撤退について検討しているとの報道が、最近になって米国メディアにおいて行われた。

米『フォーリン・ポリシー』誌は1月25日、国防総省と国務省の4人の匿名筋の話として、政府がイスラーム国壊滅というシリア国内での任務を不必要と考え、これを継続することへの関心を失っており、シリアからの部隊撤退の時期や方法を確定するための議論が省内で活発に行われていると伝えた。

これに先立って、ニュース・ウェブサイトのアル・モニターも1月22日、複数の匿名消息筋の話として、国防総省が、PYDの民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍に対して、シリア政府と協力してイスラーム国に対する作戦を実施することを骨子とした計画を提示したと伝えていた。

国防総省が1月25日を出した声明によると、ロイド・J・オースティンIII国防長官は近日中に米イラク高等軍事委員会の会合を開催し、イラク国内でイスラーム国に対する戦闘を「進化」(evolution)について議論すると述べる一方で、協議は、イラク、そしてシリアからの部隊撤退に向けた交渉ではないと念を押した。

だが、イスラーム国が両国領内での支配地を失った2020年以降、シリアでの駐留は大義名分を失っており、有名無実化して久しく、これに代わって、イランの中東地域、とりわけシリアやイラクでの勢力伸長を阻止することが目的化するようになっている。

イスラーム国に対する「テロとの戦い」を、「イランの民兵」というテロリストに対する「テロとの戦い」に置き換えてシリア駐留を継続するのか、あるいは『フォーリン・ポリシー』が伝えたように、時期を見計らって駐留部隊を撤退させるのか(あるいは規模を縮小するのか)、現時点では明らかではない。

だが、イスラエル・ハマース衝突以降、シリア(そしてイラク)領内の米軍基地に対する「イランの民兵」の攻撃が激しさを増すなか、駐留米軍が撤退すれば、それは「抵抗枢軸」の抵抗を前にした敗退ととられかねないことだけは事実だ。

その意味では、米軍駐留継続というのが目下のもっとも現実的な選択肢ではある。しかし、「イランの民兵」の封じ込めを駐留の根拠として過度に強調すれば、「イランの民兵」と目される諸派が、シリア、イラクだけでなく、レバノン、パレスチナ、そしてイエメンにおいて、イスラエルの攻撃に対処するとして抵抗を続けているなかで、米国をこれまで以上にイスラエル・ハマース衝突の当事者として域内の紛争に引きずり込まれかねない。

米国が国際社会を欺こうとしているかは定かではない。だが、中東において、米国がかつてないほど困難な舵取りを迫られていることだけは事実なのである。

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB、金利の選択肢をオープンに=仏中銀総裁

ワールド

ロシア、東部2都市でウクライナ軍包囲と主張 降伏呼

ビジネス

「ウゴービ」のノボノルディスク、通期予想を再び下方

ビジネス

英サービスPMI、10月改定値は52.3 インフレ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中