最新記事
能登半島地震

発災10日後も寝具が届かず...能登入りした医師が断言、災害支援成功に不可欠な「ある人材」とは?

A LESSON FOR JAPAN

2024年1月26日(金)18時00分
國井 修(医師、公益社団法人「グローバルヘルス技術振興基金」CEO)

技術と経験が奇跡を生んだ

その後、被災地の珠洲市に入った。

震災発生後1日目に救出すれば生存確率は74.9%、2日目は24.2%、3日目は15・1%、5日目ではわずか4.8%に低下するといわれている。今回、地震発生から5日、124時間ぶりに救出された珠洲市の93歳の女性がいる。奇跡に近い話である。

ただし、これは自衛隊や消防隊による救出だけでは、また普通の医師の立ち会いでは助からなかっただろう。救出・救命は単に人を捜し当て、瓦礫の中から救い出せばいい話ではない。特に、長時間足や手など体の一部が挟まれている場合、組織が破壊され、また血流が遮断されている。急いで救出すると圧迫した部分が開放され、挫滅した組織からカリウムなどが大量放出、また循環血液量が急に変化する。その結果、挟まれているときは話すことができたのに、救出後に突然ショック状態に陥り、心停止を起こすことがある。これを圧挫症候群(クラッシュ・シンドローム)と呼ぶ。救出時にはこれを適切に処置できる医師が必要だ。

このケースでは倒壊した家の2階の窓を割って家の中に入り込み、狭く暗く危険な閉鎖空間で負傷者を処置しなければならなかった。これにはCSM(confined space medicine=瓦礫の下の医療)という特殊な技能と特別な装備・器具類が必要だ。医師自らが身を守り、閉鎖空間で動けない負傷者に対して診察をし、必要な点滴や酸素吸入、低体温症への処置などをする。専門の救急医でもそのような状況下での特殊訓練を受けた者は少ない。

今回、幸運なことにそのような技術と経験を持つ稲葉基高医師がこの救助・救命に関わった。彼はピースウィンズ・ジャパンのプロジェクトである「空飛ぶ捜索医療団(ARROWS)」のリーダーで、19年に発足したARROWSを専属で指揮を執り、近年ほぼ全ての国内大災害に出動。国外でもウクライナ危機、トルコ・シリア地震などの自然災害や紛争地域で活動してきた。

平時にも全国の医療従事者向け災害派遣のトレーニングや、水も電気もない被災地で仮設病院を設営する多機関との合同訓練を企画運営していた彼だったからこそ、この困難な状況で冷静沈着に処置をして救命できたのだろう。今回、さまざまな自治体や病院、そしてNGOから医療チームが派遣されたが、このPWJ・ARROWSの支援はその迅速性と機動性で秀でていた。

ビジネス
栄養価の高い「どじょう」を休耕田で養殖し、来たるべき日本の食糧危機に立ち向かう
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スイス銀行資本規制、国内銀に不利とは言えずとバーゼ

ワールド

トランプ氏、公共放送・ラジオ資金削減へ大統領令 偏

ワールド

インド製造業PMI、4月改定値は10カ月ぶり高水準

ビジネス

三菱商事、今期26%減益見込む LNGの価格下落な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 8
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 9
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中