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プーチンに伝えたいこと──核で脅かすのは「想像力を放棄しているから」

What I Would Tell Putin

2022年7月5日(火)12時45分
田中煕巳(核廃絶活動家、日本原水爆被害者団体協議会代表委員)
田中煕巳

田中は原爆投下から3日後の爆心地帯で目にした光景を忘れられない ISSEI KATO-REUTERS

<ロシアによるウクライナ侵攻で核兵器使用が懸念されるなか、長崎での悲劇と戦争のない世界への願いを伝えたい。核の恐ろしさは兵器だけでなく、すべてを失い貧困の中を生き抜かなくてはならないこと>

前触れもなく、爆撃機が現れた。原子爆弾1発が投下され、中空で爆発した。1945年8月9日午前11時2分。原爆が長崎市を破壊した。

私は爆心地から3.2キロ離れた自宅の2階にいた。爆撃機の音が聞こえ、直後に白い光に囲まれた。即座に1階へ駆け下りてしゃがみ込み、それからすぐに意識を失った。

爆発音や爆風の記憶はない。気が付くとガラス戸の下敷きになっていた。奇跡的にもガラスは割れておらず、大けがもなく生き残ることができた。

丘が視界を遮っていたため、その日の悲劇を直接目にすることはなかった。爆心地帯に足を踏み入れたのは3日後のことだ。そのとき見たものは決して忘れられない。爆心地から半径2キロ以内のあらゆる場所に、死者や重傷者が横たわっていた。

広島や長崎での被爆者は、至近距離で致命的なダメージを受けていない場合、健康への影響や障害の程度はさまざまだ。幸運なことに、私は後年になっても、放射線被曝を原因とする癌などの原爆症が発症することはなかった。

わが家は母、兄、私、妹2人の5人家族だった。その7年前に病死した父は軍人だったが、敗戦後に年金が支給されなくなった。物質的にも精神的にも支えだった伯母ら親族が原爆で命を落とし、私たち家族は収入を完全に失った。

極度の貧困の中で生きなければならなかったことが、私にとっての原爆の影響だった。

第2次大戦中の科学技術の大きな進展で、兵器の性質は変化した。都市の破壊や民間人の大量殺戮が始まった。

核兵器はその最たる例だ。戦争での核兵器使用の許容は人道に反する。そんなことができるのは、戦争の直接的な被害者について、また破壊や殺戮が自分たちの身に起こる可能性について、想像しようともしないからではないか。

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