最新記事

デジタル政府

ウクライナの政府アプリが進化を加速、戦禍の国民生活の礎に

2022年4月13日(水)15時45分
青葉やまと

ウクライナ政府のデジタル化を推進するフョードロフ副首相

<若い人材にあふれるデジタル改革省が、ワンストップの行政アプリを機敏にアップデート。すでに敵報告や戦災の補償申請など70の機能に対応し、戦時下で正常に機能している。省の野望は、行政サービスの100%デジタル化だ>

多くのITスペシャリストを擁するウクライナで、デジタル技術が人々の生活の復興を加速している。その中心となっているのが、政府公式アプリの「Diia(ディーア)」だ。

もともとデジタル身分証などの機能を提供していたが、いまでは戦地を逃れた避難民が支援金を申請したり、ロシア兵を見かければその位置を入力できたりと、戦災下で求められる機能をワンストップで提供している。

Diiaは2019年発足のデジタル改革省が開発を指揮している。ウクライナを欧州のITハブに成長させるべく、その下地として国民生活のデジタル化対応を推進するプロジェクトだ。すでに出生届の提出など、72種の行政サービスがアプリから利用可能になっている。同省は政府サービスの100%アプリ対応を第一目標に掲げる。

国民向けサービスをワンストップで提供する利便性重視の姿勢は、ロシア侵攻後にさらに際立つようになった。政府機能が限定的にならざるを得ない戦禍において、アプリが正常な機能を維持しているだけでなく、輪をかけてその役割を広げているのは驚くべきことだ。ウクライナ語でDiiaは「アクション」を意味するが、まさにその名の通り実践的なソリューションを提供している。

diia-grid-mobile.jpg

ウクライナの政府公式アプリの「Diia(ディーア)」


地雷原を出歩く必要はなく

ある意味でDiiaは、人命を救っているともいえるだろう。ウクライナの一部地域はロシア軍部隊の撤退後、街の至る所に地雷が残る危険地帯と化した。だが、衛星インターネットとDiiaを活用したオンライン申請により、地雷原と化した危険な大通りを通って役場に出向く必要はなくなった。

また、家財や多くの書類などの持ち出しが現実でない戦争地帯において、すべてをスマホに集約できる環境は非常に実用的だ。Diiaアプリを開けば、検問所での身分証明から被災補償金の申請まで、紙の書類なしで済ませることができる。紙で発行される身分証も引き続き存在するが、Diiaアプリ内の身分証明は紙の身分証と法的に同じ価値をもつ。

振り返れば2月下旬に侵攻が始まると、デジタル変革省の対応は素早かった。Diiaを通じて即座にウクライナ軍支援のための募金プロジェクトを開始し、アプリを通じて1億6500万ウクライナ・グリブナ(約7億円)の寄付を調達している。

コロナ以降、Diiaはワクチンのデジタル証明書を兼ねるなど、時勢に応じた柔軟な拡張を続けてきた。ロシアによる侵攻を受け、混乱への高い対応力が図らずもさらに証明される形となった。

砲撃下の国民生活を支える

非常事態のウクライナで、Diiaはさらに存在感を増している。戦地に求められる情報の受信から発信まで、まさに市民が求める機能に対応している。

西部ハルキウ(ハリコフ)の電波塔が砲撃にさらされると、放送の復旧までのあいだ、Diiaアプリを通じた国営TV局の放送が重宝された。また、ロシア軍部隊を目撃した市民は、アプリを通じてその情報を軍部に提供することも可能だ。こうして収集された敵側の動向は、ウクライナ防衛隊の作戦立案に実際に活用されている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米小売売上高、6月+0.6%で予想以上に回復 コア

ワールド

ガザ攻撃で22人死亡 カトリック教会も被害 伊首相

ビジネス

TSMC、第2四半期AI需要で過去最高益 関税を警

ワールド

ウクライナ議会、スビリデンコ氏を新首相に選出 39
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 5
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 6
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 7
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 8
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 9
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 10
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中