最新記事

AUKUS

イギリスがAUKUS結成を画策した理由──激変するインド太平洋情勢

2021年10月8日(金)15時50分
秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所〔RUSI〕日本特別代表、大阪大学大学院招聘教授)
米海軍のヴァージニア級攻撃型原子力潜水艦

オーストラリアはなぜ原子力潜水艦を欲しがったか(米海軍のヴァージニア級攻撃型原子力潜水艦) U.S. Navy

<世界を驚かせた米英豪の同盟「AUKUS」創設のきっかけは、今年3月、ロンドンのオーストラリア高等弁務官事務所での出来事だった。なぜオーストラリアは原子力潜水艦を求めるのか。なぜジョンソン英首相は「渡りに船」と捉えたのか>

英国の空母「クイーン・エリザベス」の艦隊の日本訪問は文字通り、インド太平洋時代の幕開けを告げることになった。

「クイーン・エリザベス」が日本を離れてちょうど1週間後の9月15日、英国、米国、オーストラリア政府はインド太平洋に新たな安全保障同盟「AUKUS(オーカス)」を創設することを突如発表し、世界を驚かせた。

この発表は手始めにオーストラリアに原子力潜水艦を供与することを明らかにした。中国はすぐにこれを冷戦思考だとして非難し、CPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への加盟を申請するなど、巻き返しに出ている。

しかし、AUKUSの創設はかなり前から周到に準備、計画されていたものであった。英国は米国と連携して、インド太平洋での新秩序の形成に向けて歩みを始めている。

akimoto20211008aukus-uk-2.jpg

英海軍のアスチュート級攻撃型原子力潜水艦 Royal Navy

コードネーム<フックレス作戦>

英国政府筋によれば、AUKUS創設のきっかけになったのは、今年3月、英国の海軍制服組のトップである第一海軍卿、サー・トニー・ラダキン提督がロンドン市内のオーストラリア高等弁務官事務所(英連邦加盟国は英国には大使の代わりに高等弁務官を置いている)に招かれた時のことだった。

ラダキン提督はそこで会談したオーストラリア海軍長官のマイケル・ヌーナン提督から意外な相談を持ちかけられた。「英国、米国は同盟国の潜水艦艦隊の建造に協力することが可能かどうか」という内容だった。

これは、オーストラリアがフランスから提供を受ける予定のアタック級通常型潜水艦12隻の建造計画を破棄し、英米から高性能の原潜の供与を受けられるかという打診だった。

この突然の要請はただちに英首相府(ダウニング街10番地)に持ち込まれて協議された。ジョンソン首相とその周辺の専門家たちは、オーストラリアの申し入れを好機と捉えた。

彼らは当時、EU離脱後の英国の新戦略「統合レビュー」を公表したばかりであり、その具体的な行動として、空母「クイーン・エリザベス」の艦隊をインド太平洋に派遣する計画ではあったが、それだけでは不十分と考えていたからである。

英国がインド太平洋で恒常的に活動するにはもっと確固とした法的な枠組みが必要だったのだ。

ジョンソン首相にはオーストラリアの要請はまさに渡りに船だった。もし、オーストラリアへの原潜の供与を一つのプロジェクトとして位置付けることができれば、それをばねにさらに広範な安全保障協力へと拡大することができるし、それを英米豪で行えば新しい安全保障同盟の創設につなげることができると考えたのである。

しかし、同盟の創設は繊細で機微な問題である。情報が外部に漏れると必ず外国が干渉してくるし、特にフランスがじゃましてくることが予想された。

そのため、首相府はこの問題は英米豪で合意するまですべて極秘に進めることを決め、「フックレス作戦」というコードネームのもと、政府内でもごく少数のスタッフだけがこの計画を進めることになった。

※編集部注:冒頭の写真をオハイオ級原潜からヴァージニア級原潜に変更し、本文中にアスチュート級原潜の写真を追加しました(10月8日21:30)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

林官房長官が政策発表、1%程度の実質賃金上昇定着な

ビジネス

アングル:FRB「完全なギアチェンジ」と市場は見な

ビジネス

野村、年内あと2回の米利下げ予想 FOMC受け10

ビジネス

GLP-1薬で米国の死亡率最大6.4%低下も=スイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中