最新記事

テクノロジー

テスラvsトヨタ、豊田社長肝いりの燃料電池車は失敗だったのか

2021年8月20日(金)11時30分
竹内一正(作家、コンサルタント)

欧州規制はPHVも殺す

トヨタにとってEV化を進めることは、4万社以上ある下請け企業の再編、切り捨てにつながる。返り血を浴びる覚悟がないと踏み切れない大改革だ。

そこでトヨタは、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車にFCVとEVという全方位戦略で時間を稼ぎ、その時間でFCVの大幅なコスト削減と、下請け企業の再編を段階的に行っていく。つまりソフトランディングの計画に見えた。

しかし、そんなトヨタを追い詰めるかのように欧州委員会は、2035年までにEU域内の新車供給をゼロエミッション車に限定するという厳しい政策文書を今年7月14日に発表した。

これが正式決定すれば、2035年以降はハイブリッド車(HV)もプラグインハイブリッド車(PHV)も販売禁止となり、新車販売できるのはEVと燃料電池車(FCV)に限られる。

独フォルクスワーゲンは一気にEVシフトに転換するハードランディングで自動車業界の主導権を取ろうとしているし、ホンダも遅ればせながらHVもPHVも捨てて、「2040年までに新車販売の全てをEVとFCVにする」と今年4月に方向転換し、早期退職まで募った。

燃料電池はクルマには向いてない

豊田章男社長はミライの価格をもっと下げたかったに違いないが、売上27兆円の企業をもってしても実現は厳しかった。

一方、テスラは2008年に出したロードスターは1000万円以上したが、4年後に出したモデルSは約750万円に、さらにその5年後に出したモデル3は約350万円相当と、EV価格を劇的に下げてきた。それに伴い販売台数も急激に伸びていった。

こうしてみると、トヨタ自慢の燃料電池システムは、価格帯が高いトラックや船舶のエンジンシステムには使えても、販売価格200万円台の自動車には適していないことは明らかだ。

そもそも、自家用車にコストが高い燃料電池を搭載するという基本思想が間違っていたと著者は考える。

テスラの凄さは、EVの市場を創造したことであるが、その根底には革新的な技術力に加え、破壊的なコスト力があったことに着目しなければならない。

それはイーロンのもうひとつの企業「スペースX」にも当てはまる。スペースXはロケットコストを10分の1にして、さらにロケット再利用でコストを最終的には100分の1にしようと挑んでいる。

かつてのGMと重なって見えるトヨタ

1970年代、米国で厳しい排ガス規制「マスキー法」が制定されると、当時ビックスリーと呼ばれたGM、フォード、クライスラーはこの排ガス規制に猛反対した。挙句に、新たな排ガス対策エンジンの開発にカネを使うのではなく、ワシントンのロビイスト活動にカネを渡して、マスキー法を骨抜きにしようとした。

その動きとは対照的に、日本のホンダはマスキー法をクリアした新型エンジン「CVCCエンジン」を世界に先駆けて開発し、シビックを登場させると環境意識の高いユーザーが飛びついた。すると、トヨタなど日本メーカーは次々と後に続いた。

時代の流れは排ガス対策、低燃費に向かっていたがビックスリーはこれを無視した。

GMの最高幹部たちはデトロイトの本社最上階の豪華な個室で世間と隔絶し、不都合な現実から目を背け、過去の栄光のアルバムをめくっては安心していた。だが、その間も日本車は売れ続けた。

気付けば日本は自動車大国となっていた。しかしそれは、ホンダを始め日本の自動車メーカーが時代に先駆け、リスクを取り、果敢に行動した結果として得たものだ。

ところが、今のトヨタは当時のGMに重なって見えてしまう。

FCVを「フール(馬鹿な)・セル」と酷評したマスクは、今のところ正しかった。

全方位戦略のトヨタに対し、テスラはEVひと筋だ。マスクはリチウム電池の巨大工場ギガファクトリーを世界中に作り、1億台のEVを世界に走らせると、その姿勢はまったくぶれない。従来の「身の丈に合った経営」を嘲うように、マスクは身の丈の5倍、10倍の光速経営で爆走する。

石橋を叩いて渡ってきたトヨタだが、このままではFCVの呪縛に足をすくわれ、21世紀の自動車覇権争いから脱落してしまいかねない。

<筆者・竹内一正>
作家、コンサルタント。徳島大学院修了。米ノースウェスタン大学客員研究員。パナソニック、アップルなどを経てメディアリング代表取締役。現在はコンサルティング事務所「オフィス・ケイ」代表。著書に『イーロン・マスク 世界をつくり変える男』(ダイヤモンド社)など多数。


TECHNOKING イーロン・マスク 奇跡を呼び込む光速経営

 竹内一正 著
 朝日新聞出版

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀、緩和的金融政策を維持へ 経済リスクに対

ワールド

パキスタン首都で自爆攻撃、12人死亡 北西部の軍学

ビジネス

独ZEW景気期待指数、11月は予想外に低下 現況は

ビジネス

グリーン英中銀委員、賃金減速を歓迎 来年の賃金交渉
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入口」がついに発見!? 中には一体何が?
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 7
    「流石にそっくり」...マイケル・ジャクソンを「実の…
  • 8
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 9
    【クイズ】韓国でGoogleマップが機能しない「意外な…
  • 10
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中