最新記事

映画

カラフルで楽しさ満載の『イン・ザ・ハイツ』で久々に味わう夏の解放感

Bright-Colored Summer Fun

2021年7月30日(金)17時01分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

タクシー会社で働く青年ベニー(コーリー・ホーキンス)は大学から帰省中のニーナ(レスリー・グレース)に片思い。名門スタンフォード大学に進んだニーナは地元の誇りだが、退学を考えている。タクシー会社を営む父(ジミー・スミッツ)にこれ以上負担をかけたくないからだ。

ほかにもさまざまな人生が交錯し、美容師3人組が際どい言葉でゴシップを近所に触れ回る。3人組には演劇界で長年活躍するダフニ・ルービン・ベガ、ステファニー・ビアトリス(『ブルックリン・ナイン-ナイン』)、ダーシャ・ポランコ(『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』)が扮した。

ストーリーの一つ一つがコミュニティー内の葛藤や対立を浮き彫りにする。国外から来た親世代の野心と、それとは大きく異なる子供たちの夢。変化を拒む住民と、再開発の波を受け入れ事業を畳む人々。ウスナビやバネッサのように新天地に憧れる若者がいれば、ニーナのように故郷に戻りたい者もいる。

不法移民の若者たちは必然的に格差や人種差別を想起させるが、そうした問題に深く切り込んだとは言えない。この映画は大都市の貧困や住宅政策の考察ではなく、ニューヨークに共生する多様なヒスパニック文化をたたえる軽やかな音楽劇なのだ。

そんな持ち味は、後半の見どころのダンスバトルに鮮やかに表れている。

停電の夜に誰からともなくステップを踏み、ドミニカ系、プエルトリコ系、メキシコ系にキューバ系が入り乱れて踊る。ルーツへの誇りと移民の暮らしを歌う「カルナバル・デル・バリオ」を聞けば、自然と『ウエスト・サイド物語』の「アメリカ」のダンスシーンが心に浮かぶ。

映画館で見たくなる1本

一部のストーリーは尻すぼみに終わる。ロマンスには大した障害がない代わりに、スリルもない。「才色兼備でイケメンの彼氏までいるニーナは大学に戻るのか」「宝くじを当てたのは誰なのか」といった疑問が、重みのあるドラマに発展するわけもない。

『イン・ザ・ハイツ』は、いわばカラフルな洗濯物。しゃれた感じに古びた建物の間に物干し用のロープが張られ、思わずハミングしたくなるバラードや早口のラップがはためいている。

ミランダはなんと大学2年生で、このミュージカルの作曲を始めた。歌と語りが半々の『イン・ザ・ハイツ』は、全編を歌でつないだ『ハミルトン』のような野心作に挑むための習作だった。習作としては見事だが、限界はある。

もっとも解放感あふれる夏という設定だけで、コロナ禍の1年、人と触れ合いたいのを我慢し家でじっとしていた観客を引き付けるには十分だろう。映画が描く夏の町では娘たちがヘソ出しルックで闊歩し、消火栓から水が噴き出し、かき氷売りがやって来る。

だから筆者は、この映画を1年ぶりに劇場で見る最初の1本に決めた。2021年のベストどころかこの夏のベストでさえないかもしれない。だが外の世界との再会を祝うのに、『イン・ザ・ハイツ』は最高の映画だ。

©2021 The Slate Group

IN THE HEIGHTS
『イン・ザ・ハイツ』
監督/ジョン・M・チュウ
主演/アンソニー・ラモス、コーリー・ホーキンス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

IMFとパキスタン、12億ドルの融資巡りスタッフレ

ワールド

ウクライナ首相、米当局者と会談 エネ施設防衛など協

ワールド

シリア暫定大統領、15日に訪ロ プーチン氏と会談へ

ビジネス

世界の石油市場、中長期的に需給引き締まりへ=業界幹
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 5
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 6
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 7
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中