最新記事

日本政治

政治家・菅義偉の「最大の強み」が今、五輪の強行と人心の離反を招く元凶に

An Exit Plan

2021年6月16日(水)19時24分
北島純(社会情報大学院大学特任教授)
菅首相のポスター(新潟県)

秋田県出身の菅は自民党に久々に現れた庶民派宰相だ(新潟県) CARL COURT/GETTY IMAGES

<庶民派政治家を首相に押し上げた最大の武器である「緻密な情報に立脚した判断の隠密性」と「決断後の猪突猛進性」が、自らを追い詰める>

菅義偉氏が第99代首相の座に就いて9カ月になる。これまでにデジタル庁創設を柱とするデジタル改革関連法案や、2050年までの脱炭素社会実現を図る地球温暖化対策推進法改正案などを成立させ、携帯電話大手各社の格安料金導入も実現した。

しかし、発足時に70%を超えた「国民のために働く内閣」の支持率は、5月に入ると30~40%に急落した。国民が厳しい視線を送る背景には、コロナ禍対策への不満がある。ワクチン確保の初動は遅れに遅れ、接種率はG7諸国の中で最下位。3度にわたった緊急事態宣言の発出は泥縄式で、感染拡大を封じ込めることができていない。7月23日からの東京五輪開催に反対する声は高まる一方で、国論は二分されている。

安倍晋三政権の官房長官時代、「危機管理のプロ」として評価が高かった菅氏だからこそ、100年に1度の災害であるコロナ禍での活躍が期待されていた。しかし、感染拡大防止と国民経済の保護という二律背反の中で、菅政権はいま袋小路にはまりつつある。果たして歴代短命政権と同じ道を歩むのだろうか。

二世議員でもなければ有力な閨閥を誇るわけでもない菅氏は、「平民宰相」原敬に始まり田中角栄に続く庶民派政治家の系譜に連なる存在だ。

久しぶりに現れた政治的階級闘争の勝者

昭和期の自民党政治は、吉田茂を源流とする官僚出身者と田中角栄に代表される党人派という二大勢力の相克が生むダイナミズムを活力源の1つにしてきた。

しかし21世紀に入ると、世襲組と非世襲組の見えざる分断が影を落とす。麻生太郎副首相や安倍前首相ら名門出身エスタブリッシュメントは地盤・看板・鞄を代々引き継ぎ、「美しい国」といった政治哲学を語る余裕を持つ。それが自分もエスタブリッシュメントに属したいという願望を持つ新興勢力を含めて、人々を引き付ける。

これに対して、地をはう努力で権力をつかんできた議員秘書や地方議員出身の政治家を支持するのは、何よりもたたき上げや市井の庶民だ。安倍政権と菅政権は政策的な連続性が強調されるが、中核的な支持層という点では質的な差異がある。非世襲組の庶民派政治家でありながら、世襲エスタブリッシュメント組との「天秤の均衡」を保つことで総裁選を制した菅氏は、実は久しぶりに現れた政治的階級闘争の勝者でもある。

しかし、菅氏が具体的に、どのような思想に基づいて行動を起こす政治家であるかを理解することは容易ではない。裏方気質の番頭タイプであるようで、陣頭指揮を振るい一気呵成に事を成就させる。細心の気配りと利害調整をする一方で、信賞必罰をためらわない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中