最新記事

北朝鮮

金正恩の暴走ベンツと並ぶ、北朝鮮の「恐ろしいクルマ」

2021年3月5日(金)16時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮では一般の人々がクルマを所有するのは難しい Athit Perawongmetha-REUTERS

北朝鮮の公道を走る車両は、ドイツ製の高級車メルセデスベンツの比率が高いとされる。車両の台数はかつてに比べ大幅に増えたとされるが、それでも諸外国よりはだいぶ少ない。その中にあって、ベンツが良く目立っているということだ。

一般の人々がクルマを所有するのが難しい状況下でも、朝鮮労働党や朝鮮人民軍、政府の幹部たちにはベンツがあてがわれているからだ。

そんな北朝鮮のクルマ事情の中で、ひときわ特別な存在となっているのが、イタリアのIVECO製のバスだという。秘密警察である国家保衛省の特別逮捕チームが使用していることから、「恐怖の象徴」として見られているようだ。

ちなみに、金正恩氏が自ら運転する「暴走ベンツ」も非常に恐ろしい存在と言えるが、今後はIVECOのバスが北朝鮮国民に恐怖を抱かせる回数が増えてくるかもしれない。

<参考記事:金正恩氏の「高級ベンツ」を追い越した北朝鮮軍人の悲惨な末路

北朝鮮の金正恩総書記は1月に開かれた朝鮮労働党第8回大会の結語で、「社会生活の各分野で現れているあらゆる反社会主義的・非社会主義的傾向、権力乱用と官僚主義、不正・腐敗、税金外の負担などあらゆる犯罪行為を断固阻止」すると宣言した。同大会では、党中央委員会に「規律調査部」も新設されている。

さらに、先月24日の党中央軍事委員会第8期第1回拡大会議で同氏は、「人民軍内に革命的な道徳規律を確立するのは単なる実務的問題ではなく、人民軍の存亡と軍建設と軍事活動の成敗に関わる運命的な問題である」と指摘。「軍指揮メンバーの政治意識と道徳観点を確立するための教育と統制を強化すべき」と強調した。

国際社会の経済制裁と新型コロナウイルス対策の国境封鎖で経済難が深刻化する中、党と政府、軍の綱紀粛正で体制の引き締めを図るということだ。これに反したと見なされた者は、容赦なく粛清されることになる。

そのような粛清劇で暗躍するのが、IVECO製のバスを使用する特別逮捕チームだ。その実態について東亜日報記者のチュ・ソンハ氏は、自身のブログで次のように説明している。

「その部隊の名は『松明(たいまつ)逮捕組』と呼ばれる。正式には国家保衛省戦闘機動部所属の『特殊作戦小組』なのだが、松明の名で呼ばれるのには理由がある。彼らが出動する際に乗るバスのフロントガラスの上段には、赤い松明の朝鮮労働党マークが描かれた特別通行証を貼り付けてある。それが夜間に赤く輝くことから付けられたのだ。

この通行証を付けた車両は、北朝鮮のすべての交通哨所と遮断哨所を検問や一時停止もなく通過することが出来、金正恩の警護部隊である974軍部隊が警備する中央党庁舎や、中央党の最高幹部らの邸宅の遮断哨所さえもが、この松明のマークを付けた車両を阻むことはできない」

また同氏によれば、北朝鮮でIVECO製のバスは、他にとんと見かけないという。そのためこのバスが道路を走っていれば、何か良からぬことが起きると誰もがわかる。チュ氏によると、どれほど権勢を誇った幹部でも、松明逮捕組の車両が迫って来るや「猫の前のネズミ」のようになり、意気消沈するという。

果たして今後、このバスで連行されることになる幹部は、どれほどの数に上るのだろうか。

<参考記事:金正恩氏のもう一つの顔は「深夜の走り屋」

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ--中朝国境滞在記--』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米ADP民間雇用、予想外の3.2万人減 23年以来

ワールド

ハマス、米調停案の検討3日目に 赤十字がガザでの活

ワールド

EU首脳「ドローンの壁」協議、ロシアの領空侵犯に対

ビジネス

9月米ISM製造業景気指数は49.1、7カ月連続で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」してしまったインコの動画にSNSは「爆笑の嵐」
  • 3
    なぜ腕には脂肪がつきやすい? 専門家が教える、引き締まった二の腕を手に入れる方法
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 7
    【クイズ】身長272cm...人類史上、最も身長の高かっ…
  • 8
    アメリカの対中大豆輸出「ゼロ」の衝撃 ──トランプ一…
  • 9
    通勤費が高すぎて...「棺桶のような場所」で寝泊まり…
  • 10
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 1
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけではない...領空侵犯した意外な国とその目的は?
  • 4
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 5
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 7
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 8
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 9
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 10
    週にたった1回の「抹茶」で入院することに...米女性…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中