最新記事

北朝鮮

北朝鮮軍「内なる敵」との戦いで敗北寸前の窮地

2021年1月5日(火)13時15分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

かつての朝鮮人民軍は、その社会的地位の高さや安定した生活を国民が羨んでいたものだが KCNA-REUTERS

<北朝鮮の軍人とその家族の商行為は禁じられており、食料の配給が減らされたことで窮地に追い込まれている>

かつての北朝鮮は、2500万人の国民すべてが食糧を国からの配給に頼る、世界にもまれに見る配給依存型社会だった。国民個々人の米びつの鍵を国が握ることで、安定した抑圧社会を築くことに成功した。

しかしそんなシステムも、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」を前後して崩壊。配給を受け取れるのは、平壌市民、軍需工場や炭鉱の労働者、政府高官、安全部(警察)、保衛部(秘密警察)など司法機関関係者など、一部に限られるようになった。

朝鮮人民軍(北朝鮮軍)もその対象で、社会的地位の高さや安定した生活は、皆が羨むものだった。しかし、それも今は昔。現在は「貧しさ」という「内なる敵」との戦いで敗北寸前に追い込まれている。

<参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、清津(チョンジン)市の郊外、青岩(チョンアム)区域にある高射銃部隊の困窮ぶりを伝えた。

部隊は、今月1日から来年3月までの長い長い冬季訓練の期間に入ったが、彼らを待っていたのは、配給量が減らされたという悲報だ。秋の収穫後はふんだんに配給が行われ、春を迎えると減少し、麦が取れる夏から量が回復し始めるというのが例年の流れだが、今年は収穫直後にも関わらず、配給された量が1カ月の規定量に満たず、20日分程度だったとのこと。

軍人やその家族の間では、この時期に遅配が起こるようならば、来年の夏には1カ月に1週間分も期待できないのではないかとの不安が広がっている。

民間人なら、市場で商売をしてしのぐところだが、軍人やその家族の商行為は禁じられている。市場で買おうにも、軍からもらえる給料は雀の涙ほど。

軍人の妻たちが所属する家族小隊の長(通常は軍幹部の妻)は、軍人家族の集まりの場で、内助の功を発揮して、家族を守るのが軍人の妻の義務、今のような時期だからこそ、食べ物を節約してへそくりのように貯めておこうなどと強調している。

そんな話を聞かされた妻たちは、露骨に不満を示している。

「軍人家族なのに、コメを買うカネがどこにあるのか」

「区域から出られない状況なのに、食糧を買えとは馬鹿げた話だ」

「部隊の幹部連中は、配給で食って、ワイロまでもらっているくせして、私たちは節約しろという」

補給を担当する軍官(将校)の話によると、今年は作況が悪いため、協同農場からのコメの徴収がうまくいかず、計画量の7割が達成できればマシな方とのことだ。

軍の食料供給を担っているのは各地の協同農場だが、国と軍から言われたとおりの量の穀物を納めると、自分たちの食い扶持がなくなってしまう。そのため、コメを奪われまいと抵抗する農民と、意地でも持ち去ろうとする軍関係者の間でトラブルが頻発。農場の脱穀場に武装した兵士を送り込み、作業を監視させる事例すら報告されている。

食糧配給も減らされ、専用住宅にも入れず、家賃を払って民間人の家に間借りしての暮らし。自由に商売して安定した暮らしを営むためにも軍を辞めたいと嘆く軍官が相次いでいるが、コロナ禍の今では、商売もうまくいかない。

軍人の家族からは「この時期からこんなに苦しいのなら、今後どうやって暮らしていけばいいのかわからない」などの声が漏れているという。

<参考記事:「もう辞めてしまいたい」北朝鮮軍将校の間で軍から離脱の動き

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

核保有国の軍拡で世界は新たな脅威の時代に、国際平和

ワールド

米政権、スペースXとの契約見直し トランプ・マスク

ワールド

インド機墜落事故、米当局が現地調査 遺体身元確認作

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、円安で買い優勢 前週末の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中