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ロヒンギャ難民を苦しめる、コロナと麻薬犯罪と超法規的殺人の三重苦

DRUG OR DEATH

2020年9月12日(土)14時00分
増保千尋(ジャーナリスト)

警備中のBGBに捕まりそうになり、川に飛び込んで水中に身を隠したこともあった。危険に遭遇したときはいつも「罪を犯す私を許してください、どうぞ私を危険から守ってください」と、アッラーに祈りをささげていた。

ミャンマーでもバングラデシュでも、就業の機会を著しく制限されているロヒンギャの中には、仕方なく麻薬犯罪に手を染める人が少なくない。だが、細身で真面目そうな元運び屋の男性に取引を再開しないのかと問うと、「しない」と即答された。バングラデシュでは麻薬犯罪者の多くが、無差別に殺されているからだ。

18年5月、バングラデシュのシェイク・ハシナ首相は麻薬犯罪の取り締まり強化を宣言し、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が行った麻薬戦争を彷彿させる厳しい摘発を開始した。地元人権団体オディカーによれば、19年には391人が麻薬犯罪などの容疑で治安機関によって殺害されている。

死亡者の大半はスラム出身の貧困層かロヒンギャ難民で、多くが物的証拠や正当な法的手続きなしに銃殺されていることから、市民団体は「超法規的殺人だ」と抗議の声を上げている。国際的な人権団体アムネスティ・インターナショナルは、ロヒンギャ難民に対する無差別殺人をやめ、公平で独立した事件調査をするようバングラデシュ政府に求めたが、アサドゥザマン・カーン内相は「死亡したのはヤバの密売人で、ロヒンギャ難民ではない」と、訴えに耳を貸さなかった。

コロナ禍でも麻薬犯罪が増えているために犠牲者が減る兆しはなく、地元人権団体ASKによれば、今年2~7月の超法規的殺人の犠牲者は157人に上るという。

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麻薬の運び屋だった男性(29)。家族は誰も彼が運び屋だったことを知らない CHIHIRO MASUHO

バングラデシュで麻薬犯罪が減少しない理由の1つに、他に生計を立てるすべがない難民や貧困層を密売組織が搾取する麻薬ビジネスが確立していることが挙げられる。DNCによれば、薬物依存症者の非識字率は4割を超え、半数以上が失業者だという。麻薬や犯罪のリスクに対する適切な知識を持たない脆弱層が依存症に陥り、密売ネットワークの末端で組織の元締めの顔も知らないまま、危険な運び屋の仕事を任されているのだ。

麻薬犯罪は地元経済に密接に結び付いているという側面もある。搬送を手伝うタクシー運転手や、取引の場を提供するホテルなど、密売組織と手を組んで利益を得ている業者は多い。行政機関や警察、国境警備隊の職員の中には賄賂と引き換えに取引を見逃したり、摘発の情報を漏洩したりする者もいるという。

コックスバザールのタクシー運転手(24)に超法規的殺人が麻薬問題の解決につながると思うかと尋ねたところ、「警察や地元業者が麻薬で潤っている限り、ヤバの密売も超法規的殺人もなくならない」という答えが返ってきた。

キャンプで働くある援助関係者は、コロナ禍で多くのロヒンギャの若者が時間を持て余していることから、今後は犯罪に巻き込まれていく難民がさらに増えることを危惧していると話す。

「ロヒンギャ難民の半数以上は18歳未満で適切な教育も受けられず、日々を無為に過ごしている。彼らが暮らすキャンプの社会的・経済的状態は悪くなる一方で、母国への帰還のめども立っていない」と、この援助関係者は言う。「そんななか犯罪組織は簡単に搾取できる人間を探している。難民たちの将来に対する不安が日ごとに強くなっている今、犯罪に引きずり込まれる人が増えることを強く懸念している」

コロナ禍に加えて麻薬犯罪と超法規的殺人──ロヒンギャ難民にとってまさに三重苦だ。

<本誌2020年9月15日号掲載>

<関連記事:ジェノサイドで結ばれる中国とミャンマーの血塗られた同盟
<関連記事:ロヒンギャ弾圧から2年、故郷ミャンマーを思う「嘆きの丘」

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