最新記事

コロナと脱グローバル化 11の予測

新自由主義が蝕んだ「社会」の蘇らせ方

“COMMON” CAN WIPE OUT NEOLIBS

2020年8月29日(土)17時30分
河野真太郎(専修大学教授)

ILLUSTRATION BY TUR-ILLUSTRATION/SHUTTERSTOCK

<ボリス・ジョンソンや小池百合子などがコロナ禍を機に福祉重視へと舵を切るなど、新自由主義は変更を迫られつつある。だが「社会」を立て直すにはさらなる一手が必要だ。本誌「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集より>

今回の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は、1980年代以来、小さな政府と市場の自由、個人の選択と自己責任を強調して世界を席巻してきた新自由主義に、二重の意味で大きな変更を迫っている。
20200901issue_cover200.jpg
1つは、感染症の拡大を防ぐために国家の役割が重要になったということだ。例えばボリス・ジョンソン英首相が新型コロナ感染症に罹患し、生還しながら、「社会というものはある」「NHS(イギリスの医療制度)に命を救われた」と述べたことは象徴的だ。ジョンソンは、80年代に新自由主義を開始したマーガレット・サッチャーの有名なせりふ「社会などというものは存在しません」をもじってサッチャーの新自由主義宣言をひっくり返し、福祉国家イギリスの象徴NHSを称賛することで、「福祉シフト」とでも呼べる姿勢を表明したのだ。

だが、それまでのジョンソンと彼の保守党の政治を知る者はこれを聞いて鼻白んだ。ここ10年間「緊縮政策」という名の福祉カット政策を堅持してNHSを骨抜きにしてきたのはほかならぬ保守党だったのだから。

同じ傾向は日本の政治家にも見いだせる。存在感を失っていた東京都知事の小池百合子は、国に先んじて休業補償を打ち出したあたりから人気を回復し、7月の都知事選で圧倒的な2選を果たした。元大阪府知事・大阪市長の橋下徹は、自らが「改革を断行」して「疲弊させ」た医療現場について、「見直しをよろしくお願いします」などとSNSで発信した。新自由主義路線で鳴らしてきた政治家たちが、突然の福祉シフトを行っている。

これらの政治家は、ポピュリストとして正しく世相を嗅ぎ取っているのかもしれない。コロナ禍で国家と福祉の役割が急拡大したのは事実である。その限りにおいて福祉シフトは確かに必要なのだ。

福祉国家への回帰は困難

新自由主義はもう1つの意味でも変更を迫られている。それはグローバリゼーションの退潮だ。新自由主義とはグローバリゼーションの国レベルでの応答である。人と財の国境に縛られない流通、国の規制にとらわれない金融活動を本体とするグローバリゼーションは、各国レベルでの「規制緩和」を必要とし、推進してきた。ところが今回のパンデミックは、グローバリゼーションの要である人と財の流通を決定的に阻害してしまった。それに対応する新自由主義もまた、これまでどおりではいられないだろう。

【関連記事】ドイツでベーシック・インカムの実証実験が始まる──3年間、月15万円支給

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋

ビジネス

投資家がリスク選好強める、現金は「売りシグナル」点

ビジネス

AIブーム、崩壊ならどの企業にも影響=米アルファベ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中