最新記事

コロナと脱グローバル化 11の予測

新自由主義が蝕んだ「社会」の蘇らせ方

“COMMON” CAN WIPE OUT NEOLIBS

2020年8月29日(土)17時30分
河野真太郎(専修大学教授)

実際、欧州では自然寡占的な事業に新自由主義的な競争はそぐわないという反省があり、既に「再公営化」の潮流が起きていた(例えば水道については岸本聡子『水道、再び公営化!』〔集英社〕を参照)。それが全世界と日本に波及することは間違いない。例えば経営難に陥った航空会社に公的資金が投入され再公営化されるなどは十分にあり得る。

では、国民国家を単位とする福祉国家に回帰すればそれでいいのか。問題はそう単純ではない。2008年の金融危機において、アメリカ政府が持ち家を失った人々ではなく「破綻させるには大き過ぎる(トゥ・ビッグ・トゥ・フェイル)」金融機関を救済したように、政府は持てる者のみを救い、新自由主義の秩序を延命させようとするかもしれない。

このように、国家は、新自由主義を推進するための装置になり果ててしまった。福祉シフトや再公営化は、確かに必要なものではある。だが、個人の選択と競争を強調し、小さな政府を唱えてきた新自由主義は、国民国家という共同体を単位として社会や公共性を考える回路をむしばんできた。私たちがコロナ以後を生きるためには、そういった想像の回路を根本から作り替えるという挑戦が待ち受けているのだ。

国家より大きな「社会」

その挑戦に当たって、私は「公共性」と「コモン」との区別が役立つと考えている。「公共性」には対応する英語の名詞が実はない。せいぜいpublic sphere(公共圏)である。それに対してcommon(s) には共有地、共有のものという名詞の意味があるし、community(共同社会)との連想が色濃い。パブリック≒公共なものは、言語やメディアを媒介にした非物質的な空間というニュアンスが強いのに対して、コモンにはより物質的な、生存のために人間が共有するもの、という含意がある。

今年日本で公開された米映画『パブリック 図書館の奇跡』は、この差異をよく表現している。大寒波で命の危険にさらされたホームレスたちが公立図書館を占拠するこの映画は、言語の集積庫=パブリックなものとしての図書館を、命を守る物質的シェルター=コモンとして奪い取っていく物語だ。

ただしパブリックとコモンには、重なり合う部分もある。ナショナリズム論の古典『想像の共同体』のベネディクト・アンダーソンによれば、国民国家は新聞などのメディアを介した国民の想像を基盤としている。それはここでいうパブリックなものである。ただしその一方で、国民国家は共有(コモン)の物質的資源を効率よく維持管理していくための共同体でもあるだろう。問題はどこに力点を置き、どのような共同体を共有のための単位とするか、ということだ。

【関連記事】公共図書館はこの国の民主主義の最後の砦だ......『パブリック 図書館の奇跡』

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政府、ベネズエラ産原油輸送船舶のさらなる拿捕も準

ビジネス

日銀には、物価目標実現に向け適切な政策運営期待=城

ワールド

ウクライナ巡り欧州で週末協議、トランプ氏「進展なら

ワールド

米ビザ免除制度のSNS情報提出義務付け案、観光客や
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 3
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 4
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 5
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 6
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 7
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 8
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 9
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中