最新記事

ベラルーシ

「ルカシェンコ後」のベラルーシを待つ危険過ぎる権力の空白

A Hard and Fast Fall

2020年8月25日(火)18時15分
デービッド・パトリカラコス(ジャーナリスト)

magw200825_Lukashenko.jpg

「欧州最後の独裁者」ルカシェンコは退陣を免れないとみられるが REUTERS

「インチキ選挙だ。誰もが分かっていた」と、35歳の企業経営者イナは16日、チャットアプリで筆者に書いてきた。

イナは今回の選挙で独立選挙監視員に選ばれていた。当然、投票日は地元の投票所で投票や集計を監視するものと思っていた。ところが当日、会場の小学校に行ってみると、中には入れないと言われた。

「腹立たしかった」と、イナは振り返る。「仕方がないので、私たちは小学校の外に立って、投票所に入っていく人たちを数えた。その多くが、チハノフスカヤに投票したと言っていた」

誰に投票したかは言わないが、現体制に反対であることを示す白いブレスレットを着けている有権者もいた。「全部合わせると、少なくとも投票に来た人の45%以上がチハノフスカヤに投票したと思う。もちろん誰に投票したか悟られないようにして、チハノフスカヤにした人もいるだろう。それなのに、ルカシェンコの得票率が70%だなんて、明らかに嘘だ。私はこの目で見たんだから」

「ルカシェンコが敗北したことは明らかだ」と、イナは続けた。「あらゆる選挙区で同じことが起きた。私のような目撃者が何千人もいる」

だから人々は声を上げた。ベラルーシの人々が、これほどまでに結束して、政府に反対の声を上げたのは初めてだ。そして政府は、その声を力で抑え込むことに決めた。

ニキータ(24)はメッセージアプリのバイバーを通じて、自分は週に6日働く普通の市民だと自己紹介をした。

筆者が話を聞いた人の大半と同じように、彼も今回の選挙までは、政治に積極的ではなかった。しかし、チハノフスカヤは彼の心を捉えた。彼女は若く、カリスマ性があり、変化への切なる思いを明快に訴え掛けてくる。

ニキータたち数百万人が1票に希望を託し、息をのんでその時を待った。

開票速報を聞いて、ニキータは到底、信じられなかった。8月9日の夜、彼は数千人の市民と共に街頭で抗議の声を上げた。2昼夜にわたり、閃光手榴弾やゴム弾に耐えた。「彼らはデモ隊を制圧しようとした。市民社会に対する露骨な攻撃だった」

クリミア半島併合の悪夢

8月11日の夜、ミンスク中心部のクンチェフスカヤ駅に向かって歩いていたニキータは、民警特殊部隊(OMON)のトラックに押し込まれた。オクレスティナ通りの拘置所に到着するまで、彼らはニキータを殴打した。拘置所に入ると、約60人の拘留者と共に、ひざまずいたまま30分間、警棒で殴られ続けた。

ニキータはいかさまの裁判で13日間の禁錮刑を言い渡され、刑務所に移送されて、結局1日後に釈放された。

外に出ると、刑務所の周囲に群衆が集まっていた。食べ物や毛布を持ち寄り、釈放される仲間を待っていたのだ。ニキータは拍手で迎えられ、英雄とたたえられた。

「ベラルーシ社会の連帯を示していた。このとき、勝利を確信した。私たちが実現できることに限界はない!」

【関連記事】ロシアがベラルーシに軍事介入するこれだけの理由
【関連記事】ベラルーシ独裁の終わりの始まり──新型コロナがもたらす革命の機運

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中