最新記事

台湾の力量

台湾の力量:コロナ対策の原動力はスピード感、透明性、政治への信頼

HOW TAIWAN BEAT COVID-19 WITH TRANSPARENCY AND TRUST

2020年8月3日(月)07時05分
ニック・アスピンウォール(ジャーナリスト)

magSR200802_Taiwan2.jpg

「市民に隠し事をせず反応が早い」と評価されている蔡総統 LIN YEN TING-SOPA IMAGES-LIGHTROCKET/GETTY IMAGES

問題のウイルスに懸念を抱いた台湾の保健当局は、その夜には武漢からの渡航者全員の検査を開始した。そして1月11日に行われる総統選挙に備えて中央感染症指揮センター(CECC)を設立。感染拡大の阻止に向けて省庁間の協力を円滑にする態勢を整えた。

だから、1月21日に感染者第1号が見つかった時点で準備は万端だった。早めに手を打っていたから、世界中に感染が拡大しても台湾は平穏な社会の営みを保つことができた。ロックダウン(都市封鎖)も休校もせず、飲食店や居酒屋の休業を強制することもなかった。

それだけではない。台湾はこれを機に国際舞台でかつてないほどの存在感を発揮した。これは今後、台湾の主権をめぐる戦いで生き残るためのカギになるかもしれない。

「私たちの不屈の精神は、それが最大の難関でも乗り越えるために結束するという意欲に由来する」。蔡はそう書いている。「何よりも世界の皆さんと共有したいと私が願うのは、難題を克服しようと共に戦う人々の能力は無限だという認識です」

寄稿を締めくくったのは、「台湾は手助けできる」というスローガン。実際、台湾は諸外国に大量のマスクや防護用品を寄付してきた。その実績と自負があればこそ、5月のWHO年次総会への参加を求めもした。

取材に応じた唐鳳(タン・フォン、オードリー・タン)デジタル担当相は、自身のノートパソコンに貼ってあるそのスローガンを指さして、笑顔で言った。「このとおりになったでしょう」

台湾は見事なウイルスの感染拡大封じ込めで国際社会の称賛を得た。その対策には強制的な検疫・隔離も含まれていた。しかし一方で、行政の透明性を維持し、住民には冷静なメッセージを送り、信頼関係を構築してきた。

台湾の有権者は民主主義への関心が高い。蔡は1月の総統選で再選を果たし、投票率は74.9%もの高水準を記録した。香港の混乱を横目に、蔡は一貫して主権の維持を強く訴え、台湾が香港と同じ運命をたどることはないと約束して支持を集めた。

実際、蔡政権は有権者とのコミュニケーションを大切にしてきた。昨年には人気も実績もあるベテランの蘇貞昌(スー・チェンチャン)を行政院長(首相)に起用する一方、2014年の学生運動、いわゆる「ヒマワリ運動」を率いた活動家らを与党・民進党の主要ポストに据えてもいる。

いずれも1996年の民主化(総統公選制の導入)以来、民主主義の理想を高く掲げてきた民衆の熱い思いに応える人事だった。世界に冠たる医療制度を築き上げ、統治のデジタル化を推進できたのも、政府と有権者の信頼関係があればこそ。今回の新型コロナウイルス対策では、その威力が存分に発揮された。

【関連記事】台湾IT大臣オードリー・タンの真価、「マスクマップ」はわずか3日で開発された
【関連記事】さらば李登輝、台湾に「静かなる革命」を起こした男

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、ベトナムに中国技術からのデカップリング要求=関

ビジネス

再送日産、ルノー株5%売却資金は商品開発投資に充当

ワールド

バングラ総選挙、来年2月に前倒しの可能性 ユヌス首

ビジネス

ユーロ高大きく懸念せず、インフレ下振れリスク限定的
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中