最新記事

BOOKS

沖縄は日本で最も自尊心の低い地域、とこの本の著者は言う

2020年7月21日(火)17時50分
印南敦史(作家、書評家)


 沖縄を訪れる観光客は、どれだけ道が混雑していても、誰もクラクションを鳴らさないことに気がつくと、「沖縄の人たちはなんて優しいんだ」と感動する。
 世界中どこの都市でも街の音と言えばクラクション。那覇市は人口あたりの町の騒音が最も低い都市の一つではないかと思うくらいだ。
 ところが、沖縄で暮らして何年か経過すると、これはクラクションを「鳴らさない」というよりも、「鳴らせない」状態に近いということを理解しはじめる。(74ページより)

もしクラクションを鳴らしながら生活すれば、「怖い人さーねー」という噂や言葉にならないニュアンスがなんとなく広まり、周囲の人が離れていくことになる。

著者によれば、その不思議なルールは本土の人には見えない地雷のようなもの。よって、そういう「沖縄の空気」を読めずにいると怪我をすることになるというのだ。

さまざまな意味において「クラクションを鳴らすことが許されない」沖縄社会では、人と異なる態度を取ることが難しい。人からのちょっとした誘いに対しても、面と向かって断ることはできない。

そこには人間関係に対する絶縁状のような感覚が含まれており、断られた側は「裏切られた」と解釈しかねない。沖縄の「横のつながり」の緊密さは有名だが、だからこそ小さなクラクションを鳴らしただけで、思わぬ波及効果を生んでしまうというのである。

そのため沖縄の人たちは、昇進・昇給を望まない。がんばる人(ディキヤーフージー)は周囲の空気を悪くする存在であるため、あえて成功しようという動機づけが生まれない。いかに失敗を避けるかが重要視されるため、その最も有効な手段として「現状維持」が選ばれるというのだ。

それは日常生活についても同じで、消費者は「定番商品」を買い続ける。そのため特に質が高いわけでもない平凡な商品が、異様なロングセラーになっているらしい。つまり、「人とは違うものを買うと目立ってしまう」と考えてしまうのかもしれない。


 売れる理由が、商品性でもない、価格でもない、地元産だからでもない、唯一残る可能性は、「いつも買っているから」「みんなが買っているから」「人間関係があるから」、つまり、商品を選んでいないからではないだろうか。そうでなければ、これらの商品が沖縄の定番になっていることの説明がつかないのだ。(96ページより)

お腹が空いていなくても、みんなが食事に行くと聞けば一緒に行って食べなくてはならない。食事をするときも、洗練されたレストランよりも知り合いの店。ファッションも、個性的なものより一般的なもの。

常に人の目を意識しているということで、そこには「自尊心の低さ」という問題が絡んでいると著者は分析する。

目立つことを恐れて昇進を断ったり、真面目に仕事をしながら低賃金に甘んじたり、「どう思われるか」を恐れて言うべき意見を控えたり、派手だと思われそうな消費を控えたり、質が悪い物を知り合いの店から買い続けたり......と、そうした行動全てが「自分を愛せない人の行動原理」として説明できると著者は言う。

【関連記事】辺野古「反対多数」 沖縄ルポで見えた県民分断のまぼろし

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

香港取引所、東南アジア・中東企業の誘致目指す=CE

ワールド

米ミネソタ州議員射殺事件、容疑者なお逃走中 標的リ

ワールド

IEA、石油供給不足なら備蓄放出の用意 OPEC「

ワールド

金価格約2カ月ぶり高値、中東紛争激化で安全資産に逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中