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インドネシア、汚職捜査官襲撃事件 被告の2警察官に求刑以上の実刑判決

2020年7月18日(土)11時56分
大塚智彦(PanAsiaNews)

大統領直属の汚職撲滅委員会(KPK)の捜査官ノフェル・バスウェダン氏は何者かに硫酸をかけられ左目を失明したが……。Antara Foto Agency _ REUTERS

<顔面に硫酸をかけられるという衝撃的な事件の被告は有罪に。だがそこにはカラクリが......>

インドネシアの汚職犯罪の捜査・摘発を専門とする「国家汚職撲滅委員会(KPK)」の捜査官が襲撃され重傷を負った3年前の事件。犯人として逮捕された警察官2人に対する裁判の判決公判が7月16日、北ジャカルタ地裁で開かれ、2被告に禁固2年と禁固18カ月(求刑はいずれも禁固1年)の実刑判決が言い渡された。

新型コロナウイルスの感染拡大防止策としてオンライン方式で開かれた判決公判では裁判官が読み上げる判決文をインターネット経由で拘留施設内に設けられた「被告席」で元警察官の2被告が聞くという方式で進められた。

判決でラフマット・カディール・マフレット被告に禁固「2年」、ロニー・ブギス被告に禁固「18カ月」が言い渡された。裁判官は判決文の中でラフマット被告は実際にKPKのノウェル・バスウェダン捜査官の顔面に硫酸とみられる劇薬を実際に振りかけたとの容疑を認定して「禁固2年」とした。ラフマット被告をバイクに同乗させて現場で犯行を補助した運転手役のロニー被告にはそれより軽い「18カ月」としたとの判決理由などが読み上げられた。

異例の捜査進展、大統領激怒で急展開

2017年4月11日にジャカルタ市内を徒歩で帰宅途中のノフェル捜査官はバイクで近づいた正体不明の男2人組の1人から硫酸とみられる液体を顔面にかけられた。犯人2人はそのまま逃走した。

襲撃現場近くの監視カメラ(CCTV)にはバイクに乗った2人組が映っていたものの、ヘルメットなどで人物の特定は難しかった。ノフェル捜査官は左目を失明する重傷となった。

ノフェル捜査官の所属するKPKは麻薬捜査にあたる「国家麻薬取締局(BNN)」と並んでインドネシア最強の捜査機関として逮捕権、公訴権をもち、閣僚経験者、政治家、国会議長・議員、州政府幹部、国営企業幹部、大使などを汚職容疑で次々と摘発、起訴して有罪にもち込むなど国民から高い信頼と支持を得ていた組織だった。

そのKPKの現職捜査官で、襲撃された当時は国会議長も関係する巨額の汚職事件捜査を担当していたノフェル捜査官が襲われたことで、ジョコ・ウィドド大統領は国家警察に対して犯人逮捕を求めて早期解決を促した。

ところが事件は当初から警察関係者ないし大物政治家の関与が伝えられ、警察も「迷宮入り」を狙った節があり、特別捜査チームが編制されたものの捜査は一向に進展せず、犯人の特定もできなかった。

これにジョコ・ウィドド大統領が怒り、期限を切って捜査結果を求めるも、それでも進展がなかったことから2019年12月9日に当時の国家警察長官を大統領官邸に呼びつけて犯人逮捕を厳命した。

大統領の怒りが予想外に大きいことに驚いたのか、国家警察は同年12月26日、襲撃犯容疑者として現職の警察官2人の逮捕を明らかにした。事件発生から2年8カ月かけても不明だった犯人が、大統領の厳命からわずか15日で逮捕されたのだ。それも容疑者は現職の警察官だった。

国民もマスコミも逮捕された2警察官が実際の犯人ではないと薄々感じており、2警察官は「警察という組織のスケープゴート」との観測が強く、「軽い刑で服役して早期釈放」により一件落着と、事件の幕引きを図るシナリオが指摘されていた。


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