最新記事

観光業の呪い

「これ以上来るな!」観光公害で疲弊する地元住民を救う方法

RETHINKING TOURISM

2020年3月17日(火)17時00分
フレイヤ・ヒギンズデスバイオレス(南オーストラリア大学上級講師)

オーバーツーリズムへの反発がバルセロナ(上)やベネチアなどで強まっている。持続可能な観光を模索する動きも見られ始めたが…… SIR FRANCIS CANKER PHOTOGRAPHY-MOMENT/GETTY IMAGES

<スペインのバルセロナやイタリアのベネチアなど、人気観光地では地域社会にダメージが及ぶ「オーバーツーリズム」が叫ばれている。訪問税、Airbnb対抗事業......地域社会を殺さない観光は実現可能か。本誌「観光業の呪い」特集より>

「オーバーツーリズム」という言葉が広く知られるようになって久しい。特定の土地に膨大な数の観光客が押し寄せることにより、地域住民の暮らしや自然環境に悪影響が及ぶ現象のことだ。スペインのバルセロナやイタリアのベネチアなど、観光客に人気のある都市では住民の反発も高まっている。
20200324issue_cover200.jpg
観光業界は当然、収益を増やすために観光客を呼び込みたい。政府にも、雇用と税収を増やすために観光を盛り上げたいという思惑がある。その結果、観光客の数が大幅に増加している半面、地域住民の生活がないがしろにされるケースも多い。

「Airbnb(エアビーアンドビー)」のような民泊仲介サービスの普及によって観光客が住宅街に入り込むようになり、地域住民の日常生活のリズムが乱され始めた。観光客向けのイベントが人々の生活の質を悪化させるケースもある。

オーストラリア南東部のニューカッスルで毎年開催されるスーパーカーレース「ニューカッスル500」はその典型だ。地域住民の中には、このイベントのせいで商売に悪影響が生じたり、平穏な生活に支障が出たりしているという不満がある。

観光を将来にわたって持続可能なものにするためには、その在り方を根本から見直すことが不可欠だ。地域住民の利害や快適性を最優先にすべきなのだ。

私が参加して行った共同研究では、地域コミュニティーを主役に据える形に観光を定義し直すよう提唱した。新しい定義での観光とは「地域コミュニティーが利益を得るために、限られた期間、訪問者を受け入れること」というものだ。

観光ビジネスを行うのは、民間企業でも非営利団体でもいい。重要なのは、地域コミュニティーが承認し、監督しない限り、そのような企業や非営利団体が観光のために地域のさまざまな「資源」を利用することはできない、と定めることだ。

地元が主役の民泊サービスへ

変化の兆しも見え始めている。ベネチア市当局は2017年、観光客にマナーの改善を呼び掛けるために「ベネチアを楽しみ、尊重しよう」というキャンペーンを開始。19年には市への「訪問税」の導入を決めた。「居住者にもっと良好な生活環境を保証したい」と、ルイージ・ブルニャーロ市長は述べている。

自治体だけではない。地域コミュニティーも主導権を奪い返すために動き始めている。

ベネチアやアムステルダムなどで始まった草の根の活動は、「Fairbnb(フェアビーアンドビー)」という協同組合型事業を生み出した。狙いは地域コミュニティーにダメージを及ぼすAirbnbのビジネスモデルに対抗すること。既存の民泊仲介サービスに代わり、「地域コミュニティーが主役になり、利益よりも人間を大切にする」モデルを目指している。

民泊の予約を仲介する点では、FairbnbもAirbnbと同じだ。違うのは、手数料収入の50%が地域コミュニティーのプロジェクトに寄付されること。加えて、1人の住宅オーナーが民泊に利用できる物件を1地域内で1つに限定している。その地域の住宅市場に及ぼす悪影響を最小限に抑えるためだ。

オーストラリアのノーザンテリトリー(北部準州)アーネムランドでは、先住民のヨルング族が所有する観光会社「リルウィ・ツーリズム」の取り組みが注目に値する。

リルウィは、いくつかの画期的な指針の下で観光客を受け入れている。その指針とは「ヨルング族はこの土地を守る責任を負っている」「この土地で何が起きるかは、観光ビジネスが決めるわけではない」といったものだ。これは、地域コミュニティーが主役の観光の好例と言える。

もっとも、持続可能な観光を目指す努力を地域コミュニティーだけに押し付けてはならない。観光客にも果たすべき役割がある。資源に限りがある以上、制約なしに観光を楽しむことは許されない。観光客も一定の責任を担うべきだ。

具体的には、旅行の計画を立てるときに地域住民の生活に配慮する必要がある。地域住民への悪影響を極力減らし、恩恵をできるだけ増やすことを考えるべきだ。

例えば「力になる? それとも害を及ぼす? あなたはどのような旅行者でありたいのか」という最近オーストラリアで始まったキャンペーンは、観光客の意識を変革する出発点になるかもしれない。

持続可能な観光を実現するためには、観光客が訪問先の地域コミュニティーを疲弊させてはならない。従来の観光ビジネスの在り方を変えて、地域住民の生活をもっと尊重することが不可欠だ。

The Conversation

Freya Higgins-Desbiolles, Senior Lecturer in Tourism Management, University of South Australia

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

<2020年3月24日号「観光業の呪い」特集より>

20200324issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月24日号(3月17日発売)は「観光業の呪い」特集。世界的な新型コロナ禍で浮き彫りになった、過度なインバウンド依存が地元にもたらすリスクとは? ほかに地下鉄サリン25年のルポ(森達也)、新型コロナ各国情勢など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ソニー・ピクチャーズが数百人削減へ 戦略的再編=関

ビジネス

ムーディーズ、ブルー・アウル傘下ファンドの見通し下

ワールド

世銀総裁、中東戦争の経済的な影響を警告 成長鈍化と

ビジネス

テクノロジー株、バリュエーション抑制され割安感=ゴ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライナ軍司令官 ロシア軍「⁠春の​攻勢」は継続
  • 3
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命防衛隊と消耗戦に
  • 4
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 5
    「王はいらない」800万人デモ トランプ政権への怒り…
  • 6
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 7
    【後編】BTS再始動、3年9カ月の沈黙を経て──変わる音…
  • 8
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 9
    5日間の寝たきりで髪が...ICUに入院した女性を襲っ…
  • 10
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 3
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 7
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 8
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 9
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 10
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中