最新記事

サイエンス

毒ヘビの幹細胞からミニ臓器を作製することに成功

2020年1月30日(木)17時40分
松岡由希子

世界全体で毒ヘビによる死者は8万1000人から13万8000人...... isarescheewin-iStock

<ユトレヒト大学の研究グループが、このほど、ヘビの幹細胞から人工的に培養されたオルガノイド(ミニ臓器)を作製することに成功した......>

幹細胞などから試験管内で人工的に培養されたオルガノイド(ミニ臓器)は、生体内の組織と極めて似た構造を持つことから、特定の疾患の分子メカニズムの解明や医薬品試験などに用いられている。これまで、ヒトやマウスなど、哺乳類を対象にオルガノイドの開発がすすめられてきたが、このほど、爬虫類であるヘビの幹細胞からオルガノイドを作製することに成功した。

オルガノイドが生成する毒液の成分は、ヘビのものと極めて似ていた

蘭ユトレヒト大学やヒューブレヒト研究所らの研究チームは、コブラ科に属する毒ヘビの一種「ケープコーラルスネーク」の毒腺のオルガノイドを作製し、2020年1月23日、その研究成果を学術雑誌「セル」で発表した。

研究チームは「ケープコーラルスネーク」の受精卵から孵化する前にヘビを取り出し、その様々な器官から組織片を抽出。変温動物である「ケープコーラルスネーク」は恒温動物であるヒトよりも体温が低いことから、培養環境の温度を32度に下げ、これらの組織片を成長因子とともに培地で培養した。

その結果、わずか1週間で毒腺のオルガノイドとなり、2ヶ月以内に数百個まで増殖した。研究チームでは、毒腺のほか、肝臓、膵臓、腸のオルガノイドの作製にも成功している。



snake-bite-2a.jpgヘビの毒線のオルガノイド (Ravian van Ineveld/Princess Maxima Center)

毒腺のオルガノイドを高分解能電子顕微鏡で観察したところ、その細胞は、ヘビが毒液を貯蔵する毒腺の小胞とよく似た密な構造をなしていた。また、オルガノイドが生成する毒液の成分は、ヘビが生成するものと極めて似ていた。

オルガノイドの培地に加える成長因子を変化させることで、毒液の組成が変化する可能性があることもわかっている。つまり、成長因子を制御することで、オルガノイドが生成する毒液を人為的にコントロールできる見込みがあるというわけだ。

抗毒素の生産やヘビの毒液を活用した新薬の開発へ

世界保健機関(WHO)によると、世界全体で年間270万人が毒ヘビによる刺咬中毒にかかり、これによる死亡者数は8万1000人から13万8000人と推計されている。アフリカやアジアの一部では、抗毒素の供給不足が課題となっている。

オルガノイドが生成する毒液は、抗毒素の生産やヘビの毒液を活用した新薬の開発などへの活用が期待されている。

研究論文の責任著者であるユトレヒト大学のハンス・クレバーズ教授は「毒ヘビに噛まれたことで年間10万人もの人々が命を落としているにもかかわらず、抗毒素の製造方法は19世紀以降、進歩していない。新たな治療法へのニーズは大きい」と指摘するとともに、「脳に作用するもの、神経筋接合部や血液凝固に作用するものなど、ヘビの毒液には様々な成分が含まれている。これらのなかには、新薬に応用できるものもあるだろう」と期待感を示している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエルとの貿易全面停止、トルコ ガザの人道状況

ワールド

アングル:1ドルショップに光と陰、犯罪化回避へ米で

ビジネス

日本製鉄、USスチール買収予定時期を変更 米司法省

ワールド

英外相、ウクライナ訪問 「必要な限り」支援継続を確
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中