最新記事

サイエンス

バイオサイエンスの進化で、法律上の「人」の定義を拡大する時期が迫っている

2019年12月26日(木)16時45分
松岡由希子

人とそれ以外、生と死の境界は? Bjorn Forenius-iStock

<バイオサイエンスの急速な進化によって、人とそれ以外、生と死といった既存の境界がゆらぎつつある ......>

現行法では、生きている人やその組織、器官は、それ以外の生命体や死んだ人と異なるとみなされてきたが、バイオサイエンスの急速な進化によって、人とそれ以外、生と死といった既存の境界がゆらぎつつある。

たとえば、2018年11月には中国で「遺伝子を改変した受精卵から双子の女児を誕生させた」と公表。日本では、2019年8月、文部科学省が動物の体内でヒトの臓器を作製する研究プロジェクトの実施を承認した。

●参考記事
遺伝子編集した双子の女児が誕生と主張の中国科学者に批判集まる

また、米国では、人工培養された脳がヒトのものと類似した脳波を発したことが確認されたほか、死後4時間経過したブタの脳の機能の一部を回復させることにも成功している。

●参考記事
人工培養された小さな脳がヒトと類似した脳波を発生
死後4時間、死んだブタの脳の機能の一部を回復させることに成功した
余命わずかな科学者が世界初の完全サイボーグに!?

法律上の「人」の定義が変わると、あらゆる人権の基盤に影響する

生きている人か否かは、法のもとで権利能力(権利を有し、義務を負う一般的な資格)が認められる「自然人」として扱われるかどうかにかかわる。

カナダ・マギル大学のバルタ=マリア・クノッパーズ教授と米スタンフォード大学のヘンリー・グリーリー教授は、2019年12月20日、学術雑誌「サイエンス」において、「すべてではなくとも、その特性が人である生命体、すなわち『実質的に人である』ことを判断基準に用いてはどうか」と提唱する論文を発表した。

この説によれば、人の特性を持つ生命体かどうかは重要だが、すべてが人の特性を持っている必要はない。たとえば、ヒト以外の組織が存在したとしても、法的に「自然人」として扱う。

法律上の「人」の定義が変わると、あらゆる人権の基盤に影響する。そこで、両教授は「基本的な法の概念を再定義するよりも、『実質的に人である』かどうかを判断の起点とすれば、現行法を柔軟に適用し、現行法のもとで自然人として扱い、保護できる」と説いている。

バイオテクノロジーが進化する時代への対応

もちろん、このアプローチは万能な解決策とはいえない。「不合理」や「最善」といった法律用語と同様に、「実質的」を特定の割合や特別な検査で客観的に計測できず、主観的な判断に委ねられてしまうからだ。

とはいえ、バイオテクノロジーがますます進化する時代において、裁判官や科学者、医師らにとって、法的な判断における一定の指針としては、今後、この説が有効に活用される機会も増えていきそうだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

独首相指名選挙、メルツ氏は造反で選出されず 異例の

ビジネス

英サービスPMI、4月は50割れ 新規受注と雇用が

ビジネス

仏サービスPMI、4月47.3に低下 新規受注減少

ビジネス

テスラ、4月英販売台数2年ぶり低水準 欧州で逆風
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗と思え...できる管理職は何と言われる?
  • 3
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 4
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 5
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 6
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 7
    背を向け逃げる男性をホッキョクグマが猛追...北極圏…
  • 8
    分かり合えなかったあの兄を、一刻も早く持ち運べる…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    「欧州のリーダー」として再浮上? イギリスが存在感…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1位はアメリカ、2位は意外にも
  • 4
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 7
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 6
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中