最新記事

日本社会

社会状況が悪くなっていると思い込む「ネガティブ本能」が危険な理由

2019年9月18日(水)16時00分
舞田敏彦(教育社会学者)

子どもが減っているからではないか、という考えもあるかもしれない。子どもの事故死や自殺の報道をたびたび見かけるが、その数値は悪化しているのではないか、という疑問もあるだろう。0~14歳の人口、交通事故死者数、自殺者数の推移も添えてみると、<表1>のようになる。

data190918-chart02.jpg

少子化により子どもの人口は減っている。1950年では2942万人だったが、前世紀末に2000万人を割り、2017年では1540万人まで減っている。戦後間もない頃と比べておよそ半減した。

しかし、交通事故死者や殺人被害者はもっと速いスピードで減っている。下段の指数(1960年=100)をみると、それがよく分かる。ただ、自殺だけは要注意信号が灯っている。

総じて、子どもの生活安全度は昔と比べて上がっている。それにもかかわらず「子どもが危険だ」と、世間はパニック状態だ。

日本でもベストセラーになったハンス・ロスリングらの名著『ファクトフルネス』の一節が想起される。突発的な事件、センセーショナルな報道により、社会が悪くなっていると思い込む「ネガティブ本能」が働きやすくなる、という説だ。監視カメラの増設や、社会の異分子の排除といった極端な意見も支持されやすくなる。

怖いのは、こうしてゆがめられた世論に押されて政策が決定されることだ。とりわけ教育の分野では、それが起きる危険性が高い。2015年に義務教育で道徳を教科にしたことなどは、その最たる例ではないか。

学者や評論家の仕事は基本的には問題提起にあるので、「今の社会は悪い」「ここが問題だ」と言う。「今のままでよい、何もしなくていい」とは言わない(言えない)。しかし『ファクトフルネス』が指摘するように、「悪い」と「良くなっている」は両立する。前者は今の状態で、後者は過去と比較した変化だ。この両者を見据え、ゆがんだネガティブ本能が暴走するのを抑えなければならない。

被害者予備軍のガードも必要だが、凶行を生まない環境づくりも大事だ。メンタルケアや福祉の充実はその中核に位置する。増加傾向にある子どもの自殺と同時に、極刑を恐れない「無敵の人」をなくすことにもつながるだろう。

20代が就職氷河期と重なった「ロスジェネ」には、「無敵の人」の予備軍が多いと見られているかもしれない。だが、ネガティブ本能が社会に広がると、この世代は救済対象ではなく、排除すべき異端の存在と見られやすくなる。事実(fact)を冷静に捉えることが必要だ。

<資料:厚労省『人口動態統計』

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:留学生に広がる不安、ビザ取り消しに直面す

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、堅調な雇用統計受け下げ幅縮

ワールド

トランプ氏誕生日に軍事パレード、6月14日 陸軍2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単に作れる...カギを握る「2時間」の使い方
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 7
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 10
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中