最新記事

LGBT

女子学生のレスビアン小説、大学当局が削除命令 多様性と寛容が消えゆくインドネシア

2019年8月16日(金)18時44分
大塚智彦(PanAsiaNews)

雑誌「USUの声」のウェブサイトに今も掲載しているレスビアン小説「彼女のそばに寄り添う私に誰もが反対した時」

<世界的にLBGTへの理解が拡がるなかにあって、イスラム教徒が圧倒的多数の国インドネシアではフィクションの題材にすることすら許容されなくなって──>

インドネシア・スマトラ島にある国立北スマトラ大学(USU)で、学生が発行する雑誌のウェブサイトに現役の女子学生が発表した小説に対し、大学当局が「大学生の作品としては不適当」として削除を求め、学生側が反発する騒動が起きている。

当局が「不適当」と判断したのは、小説がレスビアンという同性愛をテーマにしているからだという。

こうした大学当局の動きに対し学生側からは「表現の自由を侵すもの」「小説の世界にまで性的少数者への差別を持ち込むな」と強い反対論が巻き起こり、大学の枠を超えた社会論争にまで発展しようとしている。

USUの学生が編集・発行している雑誌「USUの声」のウェブサイトに、女子学生ヤエル・ステファニ・シナガさんが書いた短編小説「彼女のそばに寄り添う私に誰もが反対した時」が掲載されたのは2019年3月26日だった。

現地英字紙「ジャカルタ・ポスト」によると、その直後に大学当局が介入してヤエルさんの小説の削除を要求。これに対し「USUの声」編集部は断固反対の姿勢を示して抵抗を続けたため、大学側は学長名でウェブサイトの閉鎖と編集幹部も務めるヤエルさん以下18人の編集委員全員の退任を一方的に要求してきたという。

こうした大学当局の「弾圧」に対し、ヤエルさんらは大学の措置の撤回を求めてメダンの州行政裁判所に訴えを起こし、それが地元メディアなどに報じられた結果全国的な注目を集めるようになった。

8月14日に開かれた同裁判所の初公判で、大学当局側の弁護士は「訴訟は対象となる文書の発行日から90日以内に行われるべきとの規定に反しており、訴訟条件を満たしていない」として当該小説がアップされた3月26日から90日以上が経過した7月26日の提訴は認められないと主張して裁判の無効を訴える戦術を展開。表現の自由などの問題には踏み込まなかったと「USUの声」は伝えている。

大学側のウェブからの削除、編集幹部の退任などの要求にも関わらず裁判所での審理が続くことから「USUの声」のウェブサイトでは現在もヤエルさんの小説は公開されており、誰でも読むことが可能となっている。

小説は、事業に失敗した父と政府批判で当局に追われる身となったジャーナリストの母から祖父に預けられ、内向的に目立たないようと育てられた一人の女性が、大学でひとりの女子学生と出会い、仲良くなり、そして恋に落ちるという展開で進む。やがて相手の彼女が男性と結婚する際に、女性は式場の演壇で彼女に「結婚して」と愛を告白するものの、周囲の人から引きずり降ろされ、新しい服を破かれ、「百万の目が怒りで私を射抜き、冒涜の言葉が口角を飛ばして浴びせかけられた。愛する彼女でさえ私を見つめるだけだった」と悲劇的な結末で終わる──。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン核施設の損害深刻、立て直しには数年要する=C

ビジネス

NY外為市場=ドル、対ユーロで2021年来の安値 

ワールド

米とイラン、核施設の被害規模巡る見解に相違=ロシア

ワールド

仏大統領がイスラエル首相と電話会談、イラン停戦合意
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係・仕事で後悔しないために
  • 3
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 4
    人口世界一のインドに迫る少子高齢化の波、学校閉鎖…
  • 5
    「子どもが花嫁にされそうに...」ディズニーランド・…
  • 6
    【クイズ】北大で国内初確認か...世界で最も危険な植…
  • 7
    都議選千代田区選挙区を制した「ユーチューバー」佐…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    細道しか歩かない...10歳ダックスの「こだわり散歩」…
  • 10
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 8
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中