最新記事

中国

香港デモの行方は天安門事件より不吉、ウイグル化が懸念され始めた

Weaponizing Nationalism

2019年8月5日(月)17時35分
アンドレアス・フルダ(英ノッティンガム大学社会科学助教)

国家主席に加えて、中国共産党中央委員会総書記と中央軍事委員会主席の座にある習の権力は相当なものであり、権力を行使する気で満々だ。「中華民族の偉大な復興」というスローガンの根底にある習の信条とは、欧米による世界秩序に反発する急進的な修正主義と国内外での拡張主義。その野望の実現には周縁地域の平定が不可欠であり、その実現のためなら、ほとんどどんな代償も惜しまない。

国章が汚された一件を国営メディアで大きく取り上げることにより、中国政府は意図的に本土の市民のナショナリスト的情熱をかき立て、国家の仮想敵に対して行動に出る許可を与えている。この手の政治戦・心理戦は通常の軍事弾圧をも上回る悲劇につながる可能性がある。香港市民と本土市民の関係に、今後数世代にわたる悪影響を及ぼしかねないからだ。

限定的衝突が大騒乱に?

習の「劇薬」が早々にもたらした苦い現実の1つが、オーストラリアの駐ブリスベン中国総領事の発言だ。同市にあるクイーンズランド大学で香港支持の平和的デモが行われた際、参加者ともみ合った中国大陸部出身の留学生らに対して、総領事は称賛を口にした。

エスノナショナリズム的感情は既に、中国西部の周縁地域ですさまじい規模に拡大している。09年、広東省の工場で起きた漢民族とウイグル人の衝突は新疆ウイグル自治区の区都ウルムチに飛び火し、死者197人(当局発表)に上るウイグル騒乱に発展した。この事件の後、中国共産党は強制的な民族・文化・宗教同化政策の開始を決定。チベット人とウイグル人がその犠牲になっている。

中国共産党の人道に対する罪は今や国際的に有名だ。新疆ウイグル自治区ではウイグル人などの少数民族150万人以上が、「職業訓練センター」と称される強制収容所に拘束されている。

自国のソフトパワーや国際的評判を犠牲にすることもいとわずに強制収容を実行する中国共産党の姿勢を考えれば、香港市民のアイデンティティーを破壊すべく、将来的に同様の強硬手段に出ることも想定不可能ではない。とはいえ香港の現状と09年のウイグル騒乱には大きな違いがある。

東アジアの金融ハブとしての国際的重要度のおかげで、香港の市民が国際社会で持つ存在感はウイグル人に比べてはるかに大きく、外国で学んだり働いたりしている香港出身の若者も数多い。今回の対立は地域の枠を超えて、世界各地へ遠からず拡大するはずだ。

この予測が正しければ、香港や中国大陸部、あるいはその他の場所で起こる限定的な民族間のいさかいも、ウイグル騒乱と同様の激烈な暴力を引き起こしかねないということになる。これこそ、誰もが懸念すべきシナリオだ。

From Foreign Policy Magazine

<2019年8月13&20日号掲載>

【参考記事】香港は最後の砦――「世界二制度」への危機
【参考記事】ウイグル人活動家の母親を「人質」に取る、中国の卑劣な懐柔作戦

2019081320issue_cover200.jpg
※8月13&20日号(8月6日発売)は、「パックンのお笑い国際情勢入門」特集。お笑い芸人の政治的発言が問題視される日本。なぜダメなのか、不健全じゃないのか。ハーバード大卒のお笑い芸人、パックンがお笑い文化をマジメに研究! 日本人が知らなかった政治の見方をお届けします。目からウロコ、鼻からミルクの「危険人物図鑑」や、在日外国人4人による「世界のお笑い研究」座談会も。どうぞお楽しみください。


ニューズウィーク日本版 トランプvsイラン
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月8日号(7月1日発売)は「トランプvsイラン」特集。「平和主義者」の大統領がなぜ? イラン核施設への攻撃で中東と世界はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米テキサス州洪水の死者32人に、子ども14人犠牲 

ビジネス

アングル:プラダ「炎上」が商機に、インドの伝統的サ

ワールド

イスラエル、カタールに代表団派遣へ ハマスの停戦条

ワールド

EU産ブランデー関税、34社が回避へ 友好的協議で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中