最新記事

BOOKS

1995年、オウム事件を生んだ平成の「災害史観」とは何か

2019年7月26日(金)18時10分
印南敦史(作家、書評家)


昭和から平成へと動く流れの中で、政治運動に挫折した青年たちの目的喪失の心理状態は、オカルトまがいの宗教にむかい、その行動を宗教の名によって行うことで憂さばらしをしたというふうに見ることもできたのである。(102ページより)

だから著者はこの事件を、青年たちの抵抗や反発のエネルギーが屈折したかたちで宗教に吸収されたとみて間違いないと記している。

昭和の時代に顕著だった反抗のかたちは、主に反体制へと傾いた。ところが平成になると、反体制の動きは過度に抑圧され、あらゆる面に発揮されるようになる。そしてオウムという新興宗教が、行き場を失った若者たちの受け皿になったということだ。

とはいえ、著者による解釈がここで終わるのであれば、過去に何度も指摘された問題だと指摘することができるかもしれない。しかし重要なのは、そこから先だ。著者がそうした変質を、「時代」と紐づけて捉えている点である。

先に触れた「災害史観」によって、昭和の時代には成立した多くのことが音を立てて崩れ去った。その結果、平成という時代空間には、昭和の反体制運動の歪みがあらゆるところに表れ始めた。

その結果、警備当局のみならず、平成の庶民までもが怯えを感じることになった。庶民の中に瞬く間に広がっていったオウム心理教への恐怖心が、昭和の抵抗運動にあったような同情をまったく生まなかったこと、それがなによりの証しだと著者は言う。

そして、オウム事件が昭和と平成をつなぐ、ひとつのトンネルのようになっていると解釈すべきだと結論づけてもいる。


この事件は句読点のようでもあり、句読点のようなものでないとの二面性をもっている。青年の社会改革のエネルギーが、政治から宗教に移ったということであり、それがなぜかと問うてみれば、政治的には社会主義体制の崩壊により、政治改革を行うべきその目標がなくなってしまったとの意味になった。
 オウム事件はそうした時代潮流をそのまま反映しているといってよかったのである。(105ページより)

「句読点のようでもあり、句読点のようなものでない」という表現は秀逸だ。そこにはまさに、平成という時代を読み解くためのひとつのポイントがあるように思えるからである。


『平成史』
 保阪正康 著
 平凡社新書

【参考記事】失われた20年に「起きなかったこと」に驚く──平成は日本を鍛え上げた時代

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。

ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀は8日に0.25%利下げへ、トランプ関税背景

ワールド

米副大統領、パキスタンに過激派対策要請 カシミール

ビジネス

トランプ自動車・部品関税、米で1台当たり1.2万ド

ワールド

ガザの子ども、支援妨害と攻撃で心身破壊 WHO幹部
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中