最新記事

中国映画界

中国公認の反逆児、ジャ・ジャンクーの次なるビジョン

Inside Man

2019年5月29日(水)12時30分
ダニエル・ウィトキン(映画評論家)

それでも、賈はデビュー当時からの姿勢を変えていない。その結果、今の賈は中国文化を海外に広める大使のような存在であると同時に、世界の映画界の潮流を国内に伝える存在ともなっている。

2017年には『プラットホーム』のロケ地の1つだった山西省の平遥で、新たな国際映画祭が誕生した。これも賈が音頭を取っ たもので、そこでは各国の代表的な映画と並んで国内の独立系映画も上映される。

自らメガホンを取り、歴史を語りつつ、中国映画の「顔」としての役割も果たす賈の立ち位置は、アメリカ映画界におけるマーティン・スコセッシのそれと似ている(スコセッシに比べると48歳の賈はまだ若いが)。

しかし、もっぱらアメリカにおける映画文化の継承と発展に取り組めばいいスコセッシと違って、賈は全く新しいものを基礎から築こうとしている。

歴史を記録する責任

昨年のカンヌ国際映画祭で『帰れない二人』が上映された際、賈はこう語っている。「私は中国における配給システムの改善に努めている。独立系映画の上映場所を増やしたいし、アート系制作会社の連合も立ち上げたい。しかし中国は大きな国だから、なかなか大変だ」

見上げたものだ。既に映画人として立派な実績を積み上げてきた男が、祖国の人々のためにさらに大きな夢を実現しようと努めている。

現在、中国の映画市場は世界第2位の規模で、映画の制作本数も多い。だが文化的には、まだ「眠れる巨人」と言っていいだろう。

ハリウッドも中国市場の将来性に期待している。得意のメガヒット作を中国市場で自由に公開できれば、ますます稼げるはずだからだ。

しかし賈が夢見るように国内で独立系作品が幅広く受け入れられるようになれば、もっと大きな変化が訪れるだろう。その夢が実現すれば、彼の最も大きな業績となるはずだ。

『帰れない二人』は自分が撮りたい映画と観客に受ける映画という野心のバランスを取った作品で、中国の政治状況とも市場 ともうまく折り合いをつけていた。そして賈としては過去最大の制作費を投じ、最大の興行収入を上げている。

2013年の『罪の手ざわり』は実際に中国で起きた事件に基づくエピソードを集めた作品で、ストーリーはアクション映画の定 石どおりに展開していく。『帰れない二人』も犯罪もので、主演は監督の妻であり、賈作品に欠かすことのできない女優の趙濤(チャオ・タオ)。彼女の演じるヒロインは、裏社会に生きる愛人の男を救うために銃を発砲して刑務所に入るが、出所した時にはもう男は姿を消していた......。

中国政府は映画の上映許可の 判断基準を明確にしていないため、当局の規制と検閲を予測するのがなんとも難しい。『罪の手ざわり』は最もエンターテインメント路線に寄っていたが、監督の期待を裏切って国内では上映禁止となった。

だが『帰れない二人』は、その運命を避けられた。賈は過去20年にわたって続けてきたように、この作品でも現代中国の激しい変化を真っ向から見つめている。これまでになく過激で、批判的な視点と言っていい。

野外ロケと自然音を重視し、風景や社会の変化、そこに生きる人間を一つの記録にまとめる独特のスタイルからは、目まぐるしく変化する現代中国に対する彼の思いが伝わってくる。

昨年、スイスのロカルノ国際映画祭で審査委員長を務めた賈はシンポジウムで、自分の感性は『一瞬の夢』を撮る前に汾陽で目にした大規模な再開発の光景で培われたと語った。

「しっかりと目に焼き付けておけ、すぐに消えてしまうからな、と父に言われた」。賈は故郷の町についてそう言った。「記憶 は失われる可能性があることに初めて気付いた」

後に彼はこうも語っている。「現在を撮影していても、たちまち過去になる。だから映画人には、何より歴史を記録するという責任がある」

これは比喩ではない。実際のところ『帰れない二人』は、賈が2001年に撮ったドキュメンタリー映像から始まる。『山河ノス タルジア』と同じ手法だ。ここからも、長年にわたる自分の経験を歴史として残そうとしていることが分かる。中国の激しい 変化の中では、現在は一瞬でしかないのだから。

しかも、意図的に本人の過去の作品を思い出させる仕掛けになっている。この映画も『山河ノスタルジア』や『罪の手ざわ り』と同じく、いくつかのパートに分かれていて、2002年の『青の稲妻』の主人公の故郷である 大同市や、2006年ベネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞に輝いた『長江哀歌』の舞台である三峡ダム周辺が再び映し出される。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ停戦案、ハマスは修正要求 米特使「受け入れられ

ワールド

米国防長官、「中国の脅威」警告 アジア同盟国に国防

ビジネス

中国5月製造業PMIは49.5、2カ月連続50割れ

ビジネス

アングル:中国のロボタクシー企業、こぞって中東に進
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシストの特徴...その見分け方とは?
  • 2
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が知らないアメリカの死刑、リアルな一部始終
  • 3
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 4
    「ホットヨガ」は本当に健康的なのか?...医師らが語…
  • 5
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 6
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 9
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言…
  • 10
    メーガン妃は「お辞儀」したのか?...シャーロット王…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が知らないアメリカの死刑、リアルな一部始終
  • 3
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 4
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 6
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 10
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 7
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中