最新記事

北朝鮮

金正恩の「最愛の妹」身辺に異変か......「米朝決裂で問責」指摘も

2019年5月7日(火)10時50分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※NKNewsより転載

金正恩のロシア訪問にも随行しなかった金与正 Jorge Silva-REUTERS

<米朝首脳会談や南北首脳会談では常に金正恩の身近にいて補佐していた妹の金与正が、4月中旬以降、公式の場に姿を見せていない>

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)党中央委員会第1副部長について、各方面で異変説が指摘されている。

まず、米ニュースサイトのビジネスインサイダー(英字版)が2019年4月16日付で、金与正氏が北朝鮮の権力中枢から遠ざけられた可能性を指摘した。たしかに金与正氏は、4月11日の最高人民会議第14期第1回会議に代議員として参加したが、公式の場で姿が確認されたのはこれが最後だ。北朝鮮メディアが公開した政治局委員33人の団体写真にも写っておらず、故金日成主席の誕生日(4月15日)に際し、金正恩氏が幹部たちを引き連れて錦繍山太陽宮殿を参拝した際にも、その姿は見られなかった。

彼女が今や、金正恩氏の側近中の側近であることを考えれば、不自然な出来事ではある。

参考記事:「急に変なこと言わないで!」金正恩氏、妹の猛反発にタジタジ

さらに、金正恩氏のロシア訪問に随行しなかったことが、異変説の拡散に拍車をかけた。金与正氏は過去3回の南北首脳会談や2回の米朝首脳会談では、常に金正恩氏の身近にいて補佐していたからだ。

そもそも金与正氏は、兄の「動線」を管理しながら出世の階段を上ったとも言われている。北朝鮮が核・ミサイル実験を繰り返していた時期、米韓は北朝鮮指導部に対する「斬首作戦」の導入を公言していた。それでなくとも、金正恩氏には一般人と同じトイレを使うことが出来ないという状況もある。そんな条件下で金正恩氏の動きを取り仕切る事ができるのは、やはり信頼できる身内しかいなかったのかもしれない。

参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

それを考えると、やはり彼女がロシア訪問に同行しなかった理由が気になる。実際、北朝鮮側はロシアで「儀典上のミス」を繰り返していた。たとえば25日午後、金正恩氏とロシアのプーチン大統領が初めて会った際には、金正恩氏の上着のベント部分がせり上がっていた。

これについて、韓国紙・朝鮮日報は北朝鮮の内部事情に詳しい消息筋の話として、「金正恩氏の身体に唯一触れることができる金与正氏が現場にいなかったので起こったようだ」と伝えている。そんな重要人物を外すのだから、そこにはそれなりの理由があるはずだ。

北朝鮮専門家の間からは、彼女が党宣伝扇動部に籍を置いていることから、「対米交渉などでの宣伝戦に失敗した責任を問われたのではないか」との指摘が出ている。確かに、金正恩時代に入ってからの北朝鮮のメディア戦略は、金正日総書記の時代とは大きく異なるものになっている。そこに、最高指導者の妹として発言力があり、若さも兼ね備えた金与正氏のセンスが反映されている可能性はある。

2月末にベトナム・ハノイでの2回目の朝米首脳会談が決裂するまで、北朝鮮メディアの論調にはどこか楽観的な雰囲気が漂っていただけに、金与正氏が兄や周囲から「甘かった」と指摘される余地はあるかもしれない。

しかし果たして、金正恩氏がそうした理由をもって、金与正氏を完全に遠ざけてしまうかは疑問だ。金正恩氏が妹を相当、大事にしてきたことは、つとに知られている。大事にし過ぎて、彼女の友人を大量失踪させる事件まで起こしたことがあるほどだ。

金与正氏の「不在」には、健康不安などほかの様々な要因も考えられる。見極めるには、もうしばらくの観察が必要と言える。

※当記事は「NKNews」からの転載記事です。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

dailynklogo150.jpg


ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏「戦争継続が無意味と示す必要」、同盟

ワールド

トランプ氏、大麻規制緩める大統領令に近く署名か 米

ワールド

ウクライナ、東部要衝都市を9割掌握と発表 ロシアは

ビジネス

ウォラーFRB理事「中銀独立性を絶対に守る」、大統
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中