最新記事

BOOKS

数百万人の「中年フリーター」が生活保護制度を破綻させるかもしれない

2019年2月19日(火)06時55分
印南敦史(作家、書評家)

また、なかなか顕在化しにくいものの、中年フリーター問題が女性の労働問題、すなわち「妊娠解雇」や「マタハラ」と結びついていることにも目を向けなければならない。妊娠したことで派遣契約が満了となったり、夜勤を強いられた末に流産したりするような現実があるというのだ。


「こんなはずではなかった。つい、激しく叩くようになってしまった」
 野村多恵さん(四一歳)は、肩を落とし、ぽろぽろと涙を流しながら話し始めた。当時、子どもは四歳と一歳だった。
 多恵さんも、やはり超就職氷河期に大学を卒業している。就職率が六〇%を切る中では就職先が見つからず、派遣社員で社会人のスタートを切った。一般事務職の派遣として食品メーカーで一年働き、「派遣でもスキルをつけなければ生き残れない」と感じた多恵さんは、簿記試験を受けるなどして経理の勉強を始めた。(132ページより)

やがてIT関連会社の経理部に派遣され、大学時代から交際していた男性と25歳のときに結婚。多恵さんの年収は約300万円だったが、居酒屋チェーンで正社員として働く彼の年収400万円と合わせれば、十分暮らしていけると信じていた。

しかも派遣で3社目となった会社で2年経ったころ、上司から「このままいけば、正社員になれる」と言われた。ところが翌年に妊娠し、「出産ギリギリまでがんばりますので、よろしくお願いします」と伝えたところ、上司からは「正社員になろうっていうのに、なんで子どもつくるの?」という言葉が。

以後、上司から避けられるようになり、派遣元からは「派遣先から次の契約は更新しないと言われた」と告知される。典型的な「妊娠解雇」である。

子どもが生まれてからも、新たに見つけた仕事との両立はままならず、子育てとの両立も難しくなっていった。しかも、やがて第二子も生まれた。家計も苦しく、多恵さんは逃げ道を失っていく。


 わがままに応える余裕がなく、多恵さんは「静かにできないの?」と、娘をピシャリと叩くようになった。最初はお尻を叩いていたが、だんだん、顔や頭を引っぱたくようになっていく。一向に泣き止む気配のない息子の顔に、クッションをかぶせてしまったこともあった。
 ハッと我に帰り、「ごめんね」と娘や息子を抱いた。娘は自分の顔色を見るようになり、おどおどするようになった。(138ページより)

著者はかつて上梓した『ルポ"正社員"の若者たち――就職氷河期世代を追う』(岩波書店、2008年)のなかで、総合研究開発機構(NIRA)が発表した「就職氷河期のきわどさ」というレポートの内容を引用している。本書でも紹介されているその内容には、驚くべきインパクトがある。


 同レポートの試算(二〇〇八年時点)によれば、就職氷河期世代の非正規雇用労働者や無業者の増加によって、一九六八~七七年生まれの世代が六五歳以上になると、潜在的な生活保護受給者が七七万四〇〇〇人にのぼるという。そこから生じる追加的な生活保護の予算は、一七兆七〇〇〇億円から一九兆三〇〇〇億円に及ぶという。このレポートが発表されて一〇年が経過した。待ったなしの状況だ。(211〜212ページより)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

FRB理事候補ミラン氏、政権からの利下げ圧力を否定

ワールド

ウクライナ安全保証、26カ国が部隊派遣確約 米国の

ビジネス

米ISM非製造業指数、8月は52.0に上昇 雇用は

ビジネス

米新規失業保険申請、予想以上に増加 労働市場の軟化
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中