最新記事

恋愛

北朝鮮政府を動かしベトナムに咲いた「30年越しのラブストーリー」

2019年2月18日(月)16時00分

会うためにゲリラ作戦

何通か手紙を交換した後、イさんはファムさんが自宅を訪れることに同意した。

ファムさんは、慎重に事を運ぶ必要があった。北朝鮮女性と一緒にいるところを見つかったベトナム人同志が、ひどい暴行を受けていたからだ。

北朝鮮の衣服に身を包んだファムさんは、バスに3時間乗り、そこから2キロ歩いてイさんの自宅を訪れた。1973年にベトナムに帰国するまで、ファンさんはその旅を毎月繰り返した。

「彼女の家にはこっそり行った。まるでゲリラのように」と、ファムさんは言う。

ハノイに戻ったァムさんは、失望のどん底にいた。共産党幹部の子息にもかかわらず、ファムさんは入党を拒否し、国が彼に用意していた明るい将来を蹴ってしまった。

「人々が愛し合うことを禁じる社会主義には同意できなかった」と、ファムさんは話す。

5年後の1978年、ファムさんが所属する化学技術の研究所が、北朝鮮への旅行を企画した。

ファムさんは参加したいと申し出て、イさんとの再会に成功した。しかし、イさんは顔を合わせるたびに2度と再び会えないのではないかと考え、悲嘆にくれたという。

ファムさんは北朝鮮指導部宛に、2人の結婚の許しを請う手紙を携えてきていた。「その手紙を見た彼女は、同志よ、私の政府を説得するつもりなのかと聞いてきた」と、ファムさんは振り返る。手紙は出さずじまいだった。ファムさんはその代わり、自分を待つようイさんに頼んだ。

ついに結婚へ

その年の年末、ベトナムが隣国カンボジアに侵攻。カンボジアを支援する中国とベトナムは国境付近で戦争になった。北朝鮮は中国、カンボジアと友好関係にあったため、ファムさんとイさんは文通を止めた。

「母は私を気にかけながら泣いていた。恋の病だと分かっていたと思う」と、イさんは話す。

ファムさんは1992年、ベトナムのスポーツ代表団の通訳として再び北朝鮮を訪れることに成功したが、イさんとの再会は果たせなかった。ハノイに戻ったファムさんを待っていたのは、イさんからの手紙だった。

まだ愛している、という内容だった。

1990年台後半、大規模な飢饉に見舞われた北朝鮮は、政府代表団をハノイに派遣してコメの支援を求めた。だが、すでに経済・政治改革に着手して西側との関係を再構築していたベトナムは、この要請を断った。

イさんと彼女の仲間を心配したファムさんは、友人たちから7トンのコメを集めて北朝鮮に送った。

この善意が、ファムさんとイさんの再会に道を開いた。ファムさんの行いを知った北朝鮮政府は、イさんが国籍を維持することを条件に、2人が結婚してどちらかの国に住むことを認めた。

2002年、ついに2人は平壌のベトナム大使館で結婚した。ハノイで新たな生活を始め、今もそこで暮らしている。

「結局、最後は愛が社会主義に打ち勝った」と、ファムさんは話した。

(翻訳:山口香子、編集:久保信博)

James Pearson and Kham Nguyen

[ハノイ ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2019トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

ニューズウィーク日本版 ガザの叫びを聞け
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月2日号(11月26日発売)は「ガザの叫びを聞け」特集。「天井なき監獄」を生きる若者たちがつづった10年の記録[PLUS]強硬中国のトリセツ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

10月完全失業率は2.6%で前月と同水準、有効求人

ワールド

クーデター発生のギニアビサウ、エンタ将軍が暫定大統

ワールド

米銃撃事件の容疑者、アフガンでCIAに協力 移民審

ワールド

独首相、G20首脳会議から南ア排除のトランプ氏に方
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 9
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 10
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中