最新記事

日本社会

消えゆく町の「人情すし屋」 高級店や回転すしチェーンの谷間で淘汰

2018年12月23日(日)15時00分

12月21日、地元に根付き人々の暮らしに溶け込んでいるすし屋は、小規模ながら地域のコミュニティーの核として、庶民の味であるすしを育て、その文化を広げる重要な役割を果たしてきた。都内のすし屋「永楽寿司」で7日撮影(2018年 ロイター/Issei Kato)

「大将、生ちょうだい」。常連客の藤沼靖雄さん(76)が、カウンターに座り昼間から生ビールを注文した。「病院から来たんだ。姉ちゃんが亡くなった」。たばこを取り出し、吸い口でカウンターをトントンとたたいた。

「お姉さんのこと、よく看病したねえ」。包丁を持つ手を止めた店主がいたわる。藤沼さんの姉は銭湯帰りによく顔を出した。ビールを飲みすしをつまみ、つえをついて近くの自宅まで帰っていった。店主と客はカウンターを挟んで、故人が元気だった数年前の思い出を語り始めた。

庶民の足として親しまれる都電荒川線・面影橋駅に近い下町の一角。福綱正敏さん(63)と妻みつ江さん(61)が営むすし屋「永楽」は今年で営業35年目になる。

10人ほどしか入れない小さな店だが、永楽には家族経営の温かさに引かれた普段着の客が集まる。店を訪れ、問わず語りにつらい話やうれしかった話を始める人もいる。近所の常連たちにとって、永楽はすしをさかなに人生を語り、人の情けに触れ、様々なつながりを楽しむ特別な居場所でもある。

相次ぐ廃業、さびれる下町

観光マップやグルメ本には縁がなくても、地元に根付き、人々の暮らしに溶け込んでいる「人情すし屋」。永楽のような、家族や個人で経営するすし屋は、小規模ながら地域のコミュニティーの核として、庶民の味であるすしを育て、その文化を広げる重要な役割を果たしてきた。

和食がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の無形文化遺産に認定され、その代表格であるすしも海外各地で空前のブームを呼んでいる。しかし皮肉にも、日本のすし食の担い手となってきた国内の小規模なすし屋には淘汰の時代が続き、多くの店が次々と廃業に追い込まれている。

中小の店が参加する東京鮨商衛生同業組合によると、2008年に都内(訂正)で約1500店あった加盟数は今は750と、10年でおよそ半分に減少した。雑誌を飾るような高額な店と回転ずしのような安価なフランチャイズにすしの需要が二分され、その狭間で、個人や家族で切り盛りするすし屋の経営が圧迫されているためだという。

「みんな行くのは、一皿100円の回転ずしか、テレビで紹介されるような銀座の高級店だね」と正敏さんは言う。「その中間にあるうちみたいな店は、やっていけないんだろうね」。

永楽の近所では、ここ10年の間に家族経営のすし屋が3軒廃業した。大型店の攻勢や通信販売の普及により、個人経営の店が競争力を失ってしまったという現実もある。「たぶん10年前に閉めた電気屋が最初だな。いや向かいの魚屋だったかな」。「その後、確か肉屋がなくなり、次が中華料理の店だった」。通りを歩く人たちから、消えた店の名前が次々と飛び出した。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

世界EV販売は年内1700万台に、石油需要はさらに

ビジネス

米3月新築住宅販売、8.8%増の69万3000戸 

ビジネス

円が対ユーロで16年ぶり安値、対ドルでも介入ライン

ワールド

米国は強力な加盟国、大統領選の結果問わず=NATO
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中