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犬が飼い主の悪夢になるとき

When ‘Man’s Best Friend’ Feels More Hate Than Love for an Owner

2018年12月3日(月)18時00分
ニコラス・ドッドマン(タフツ大学名誉教授)

「犬は人類の最良の友」というが、そんなにうまくいくとは限らない primeimages-iStocks

<かわいがっているつもりの飼い主にきばをむく犬、緊急事態以外には飼い主に近づきもしない犬......でもそれぞれの行動にはきちんとした理由があった>

犬にとって飼い主は、神のような存在で崇拝の対象だ──誰もがそう思っている。確かにたいていの場合はそうかも知れない。だが、そうでないケースもあるのが現実だ。私は獣医として30年にわたり、動物の行動、そして人間と犬の絆について研究してきた。だからこそ、犬と人間の関係がどうしてもうまく行かないこともあると断言できる。

ウィートンテリアのラッカスがいい例だ。ラッカスは途中で飼い主が変わったのだが、新しい飼い主の男性リックのことをひどく嫌っていた。リックの妻のシンディに対しても、気を許す様子はまるでなかった。人間から見ればリックは好人物だったが、ラッカスは彼に反抗的な態度を取り続けた(実は前の飼い主に対してもそうだった)。当初はなわばりの主張をする程度だったが、最終的には、シンディーに電話をしてリックをケージに入れてもらってからでないと、怖くて帰宅できないくらいに関係は悪化した。

ラッカスにとっては、リックは歓迎されざる人物だった。両者の関係は、ラッカスを外につないでリックが庭の芝刈りをしていたある日、終わりを迎えた。ラッカスが何度も何度も引っ張ったせいで引き綱をつけていた杭が地面から抜けた。ラッカスは歯をむき出しにしてリックに飛びかかった。両者は取っ組み合いになり、通報を受けた警察と動物管理当局が到着した時には、リックはラッカスを押さえ込んでいた。その後は、ラッカスにとって幸せな終わり方ではなかっただろう。

おびえて「窮鼠猫を噛む」のケースも

リックはラッカスをかわいがっていたが、それは片思いに過ぎなかった。ラッカスは心底リックを憎み、「一方向性攻撃行動」と私が呼ぶ行動に出てしまった。私はその後、一方向性攻撃行動が人間でも他の動物でも確認される行動であることを知った。

ラッカスのように飼い主への嫌悪をはっきり示す犬もいれば、一つ屋根の下で飼い主と暮らすことに何の喜びも見いだせずにいる犬もいる。そうした犬は、他に選択肢がないから飼い主たちを受け入れているだけ。面白味のない、もしくは厳しいばかりの飼い主との暮らしに耐えるしかないという悟りの境地に達してしまったのだ。引きこもり、おびえ続ける犬もいれば、つらい扱いを日常として受け入れ、その中で何とか生きていこうとする犬もいる。

犬が飼い主に心を開かないのも無理からぬケースもあるかも知れない。虐待は、動物と人間の絆を弱め、関係に深刻なダメージを与える。電気ショックを与える首輪で猟犬としての訓練を受けていたブリタニーを例に挙げよう。この犬はある日、ベッドの下に隠れて震えているのが見つかった。そして無理やり引っ張り出そうとした飼い主に噛みついた。飼い主の自業自得だと言われるだろうが、この犬の行動はまさに、飼い主に向けられた「恐怖性攻撃行動」だった。

昔の心の傷を引きずるのは犬も同じ

この例では飼い主による虐待と犬の問題行動の間に直接的な因果関係があったが、ラッカスの例は虐待では説明がつかない。リックがラッカスを虐待したことは一度もなかったからだ。最も考えられるのは、成長期(生後3~4カ月)に人間の男性から深刻な虐待を受け、それが忘れられなかった(まるでPTSDのように)という可能性だ。

私が著書『うちの犬が変だ!』で取り上げたジャーマンシェパードは、男性の飼い主を恐れてはいたが攻撃はしなかった。ラッカスの場合と同じで、原因は飼い主の行動ではなく、以前に他の男性たちからひどい扱いを受け、それが男性全般への嫌悪という形で残っていたのだ。

だがこの犬の反応はラッカスと違い、能動的でも攻撃的でもなかった。攻撃行動に出ることなく、ただ純粋に恐怖心を示していたのだ。たぶん、生まれつきのおとなしい性格が理由だろう。飼い主の男性が帰宅すると、犬は隠れてしまい男性が家を出るまで姿を現さなかった。飼い主の男性とまったく交流を持とうとしなかった。ある特別な状況を除いては......。

時間と手間をかけて向き合おう

男性の妻は糖尿病を患っていたのだが、ある夜、低血糖に陥った(非常に危険な状況だ)。犬はベッドの男性側に走って行き、男性が目を覚まして緊急事態に気づくまで寝具を引っ張った。妻に対する犬の愛情が、恐怖心を乗り越えて助けを呼ぶ行為へとつながったのだ。勇敢であるとは恐怖心がないことではなく、恐怖心と戦う覚悟を持っていることだ。この基準で行くと、この犬はこの上なく勇敢だった──たとえ男性の飼い主がいない方が暮らしやすいと思っていたとしてもだ。

だから「犬は人類の最良の友」で「無条件に愛を注いでくれる」という表現は、飼い主と犬の相性がよく、飼い主が犬に十分な時間を割いて関心を向け、「お前は大事に思われている」と犬に伝えられている場合だけにあてはまるといえよう。長い散歩をさせ、たくさん遊び、規則正しくえさをやり、明快なコミュニケーションを取り、きちんとリーダーシップを取って愛情を注げば、誰もが憧れるような犬が育つはずだ。

ビートルズの歌にもあるように「あなたが受け取る愛情はあなたが相手に注いだのと同じだけ」だ。狭量な心の持ち主や、罰を与えて訓練する手法が正しいと思い込まされている飼い主は、本来なら犬との間に育まれるはずのすばらしい絆を手にすることができない。犬もそうした飼い主を、大切な人とは思わないだろう。

(翻訳:村井裕美)

Nicholas Dodman, Professor Emeritus of Behavioral Pharmacology and Animal Behavior, Cummings School of Veterinary Medicine, Tufts University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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