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安田純平氏シリア拘束のもう一つの救出劇「ウイグルチャンネル」

The Unknown Rescue Mission

2018年11月8日(木)17時00分
水谷尚子(中国現代史研究者)

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シリアのイドリブ県でロシアのヘリコプターを墜落したと誇示する元ヌスラ戦線のメンバー(16年) Ammar Abdullah-REUTERS

私は16年2~3月と同年8月、17年2月にもトルコに渡航して情報収集した。その間、安田氏の新たな拘束者となったヌスラ戦線のリーダーであるムハンマド・アル・ジャウラニに「安田氏を無償釈放してほしい」との要望を伝えるため、イスタンブルからウイグル人の「密使」を2度送った。知人のアラビア語ができるウイグル人を密出国させてシリアの戦地へ行かせるのだが、彼らにも家庭があるので心が痛んだ。

シリアに派遣したウイグル人からある日「シリア側から『交渉の窓口は一本化してほしい。なぜ複数の窓口があるのか』と言われた」と伝えられた。その頃から「エージェント」を名乗る人々が複数現れ、ヌスラ側に交渉を持ち掛けていた。

16年3月と5月には安田氏の囚人服姿などの映像がネット上に現れ、トルコ在住のシリア人が身代金交渉の窓口として億単位の金を要求するようになっていた。要求額は大きくなる一方で、18年になると私はトルコへの渡航もやめた。自費で調査するのはもう限界だった。

安田氏直筆の英文の手紙

安田氏は帰国後、「(拘束末期の18年)3月31日にロの字形で平屋の、トルキスタン部隊の施設に移動した」と証言した。トルキスタン部隊とは、トルコに近い地域に居住するトゥルクメン人、シリアに入り込んでいるウイグル人、そして中央アジアのテュルク系民族であるウズベク人・クルグズ人・カザフ人など諸民族の連合部隊のことだ。

この頃、複数回にわたって私に、「いつトルコに来るのか、重要な話がしたい」とトルコ在住のウイグル人から連絡が来たが、私は渡航をしなかった。

すると電話やSNS、メールでは重要なことは書かないし言わないウイグル人が「仕方がない」と3月末にSNS上に送ってきたのが、安田氏直筆の英文手紙の写真だった(編集部注:既に公開されている英文の手紙とは別のもの)。「どうしてこれを手に入れたのか」と写真を送ってきたウイグル人に聞くと、「彼の釈放に向けた話がしたいので、大至急来てほしい」とのことだった。

手紙には詳細な家族の名、妻と一緒に行ったレストランの名、帰国への希望を持っていると家族を思いやる言葉があり、脅迫されたような文言は一切なかった。

ロシアによる空爆以降イドリブは壊滅的打撃を受け、武装組織が外国人人質をその地に置き続けるのが負担となり、何とか解決をしようとしているようだと、トルコ在住のウイグル人は見立てていた。さらに、中国新疆ウイグル自治区で強制収容所が大量に造られ、大勢のウイグル人が収監されるようになったこの時期、ヌスラ戦線が解体した後のトルキスタン・イスラム党内のウイグル人上層部の中に「罪なき日本人を拘束し続けてよいのか」という強い声があったとも聞いている。

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