最新記事

イーロン・マスク 天才起業家の頭の中

シリコンバレーの異端児、マスクとテスラは成熟へと脱皮できるか

The Time to Grow Up

2018年10月2日(火)15時45分
冷泉彰彦(在米作家・ジャーナリスト)

3つ目は、自動運転技術における開発の遅れだ。完全なEVに加えて、「準」自動運転機能を搭載しているというのがテスラ車のセールスポイントで、マスクは常に「数年先には完全な自動運転を可能にする」とブチ上げてきた。だが、競合のグーグルやウーバー/トヨタ連合、アップルなどは、既にハイスペックな試験走行車を投入し、多数のセンサーからのデータを統合してAI(人工知能)に操縦判断をさせる技術の完成を目指している。

自動運転ソフト開発の出遅れ

これに対して、テスラの取り組みは周回遅れと言わざるを得ない。今年3~4月にかけて、市販のテスラ車に搭載されている「オートパイロット」という準自動運転機能を過信したドライバーによる深刻な事故が続いた。脇見運転が許容されるという誤解を与えた点も批判されてしかるべきだが、問題は高速道路上での準自動走行機能の際に、テスラ車の場合、前方確認用のセンサーがミリ波レーダーとカメラ、赤外線センサー「だけ」で、最新の「レーザー照射センサー(ライダー)」が搭載されていない点だ。

仮に、市場で騒がれている「資金不足」が事実なら、巨額の投資を必要とする自動運転AIのソフトウエア開発に十分な資金を回すことができず、さらにライバルに後れを取ることになる。

それでは、マスクとテスラは、このまま苦境に陥ってしまうのだろうか?

しかしペイパルの創業も、現在に至るスペースXの試行錯誤も、これまでマスクが乗り越えてきた試練は並大抵のものではなかった。技術面でも、資金調達という面でも綱渡りの経営を続けてきたマスクは、まさに起業家精神の塊のような人物だ。そのマスクは、現在のテスラをどう舵取りしようとしているのか?

1つの考え方は、今回はベンチャー流の「奇手」で突破する局面ではないということだ。テスラ車の生産にしても、自動運転ソフトの高度化にしても、ここは自己流を貫くのではなく、協業先とのチームワークで乗り越えるべき課題だろう。資金調達も同じだ。上場を維持して、市場の監視を受けつつ進めるのが正道だ。

元来ベンチャー企業のテスラに、常識的な企業への転換を求めるべきではないという声もあることは事実だが、既に年間10万台以上の車が路上に出ている現在、テスラは人命を預かるビジネスになっている。自動運転機能で現状以上の自動化を実現するためには、さらに信頼度を高めて各国の監督官庁などと協調し、交通法規の枠組み作りに参加していかなければならない。

9月に入ってからも、マスクがインタビュー番組で「マリフアナを吸引」して見せたり、テスラ幹部の辞任が続くなど、迷走が止まらない印象を与えている。しかしテスラもそしてマスクという経営者も、シリコンバレーの異端児というフェーズから、成熟した企業、経営者へと脱皮すべき時期を迎えていることは理解しなければならないだろう。

※本誌10/09号(10/02発売)「イーロン・マスク 天才起業家の頭の中」特集はこちらからお買い求めになれます

ニューズウィーク日本版 日本人と参政党
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年10月21日号(10月15日発売)は「日本人と参政党」特集。怒れる日本が生んだ参政党現象の源泉にルポで迫る。[PLUS]神谷宗弊インタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、海運造船業界への米調査影響を考察 供給網の安

ビジネス

高島屋、今期営業益予想を上方修正 百貨店コスト削減

ビジネス

午後3時のドルは151円後半に下落、米中対立懸念の

ワールド

トランプ氏、26日にマレーシア訪問 タイ・カンボジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中