最新記事

イーロン・マスク 天才起業家の頭の中

シリコンバレーの異端児、マスクとテスラは成熟へと脱皮できるか

The Time to Grow Up

2018年10月2日(火)15時45分
冷泉彰彦(在米作家・ジャーナリスト)

テスラをはじめ過去の起業でマスクは数々の試練を乗り越えてきた Lucy Nicholson-REUTERS

<シリコンバレーの寵児イーロン・マスクが歩んできた道のりとこれから迎える最大の試練。本誌10月2日発売号「イーロン・マスク 天才起業家の頭の中」特集より>

elonmusk-cover.jpg

※本誌10/09号(10/02発売)は「イーロン・マスク 天才起業家の頭の中」特集。電気自動車、火星移住、地下高速トンネル、脳の機能拡張――「人類を救う」男のイノベーションが つくり出す新たな世界を探った。

電気自動車メーカー、テスラのイーロン・マスクCEOの周辺が騒がしい。と言っても以前のように、火星旅行とか、完全自動運転といった「壮大な夢」をブチ上げているからではない。テスラの経営をめぐって、マスク自身が迷走を見せているからだ。

47歳のマスクはシリコンバレーを代表するベンチャー起業家だが、出身は南アフリカで、大学進学のためにカナダの親族を頼ってアメリカへと渡った。若くしてプログラミングの才能を発揮し、28歳で後の「ペイパル」の原型となる電子送金プログラムを開発。ペイパルの創業者となった。

その後、ペイパルを売却した資金を元手に、ロケットの再利用と低コストを売りものにした民間の宇宙開発会社「スペースX」を創業。さらに自身が出資することでテスラの創業メンバーの1人となった。

マスクのベンチャー経営を見ると、2000年前後のペイパル初期においては、電子送金というアイデアがほとんど理解されていないなか、全く新しいビジネスの開拓者だったと言っていいだろう。スペースXにしても、民間の商用サービスとしてロケットを打ち上げるビジネスは、02年の創業時点では革命的だった。

マスクのコンセプトは明確で、衛星周回軌道に打ち上げる際に「1ポンド(約0.45キロ)」当たりのコストをいかに下げるか、そのためにロケットなどの再利用をどこまで可能にするかといった試みに真骨頂があった。スペースXでは、打ち上げ失敗事故を何度も経験したが、「再利用によるコストダウン」がビジネスの核心であるスペースXにとって、信頼性は生命線であり、マスクは事故のたびに徹底した検証と再発防止をアピールし続けた。

テスラの設立は03年で、5年後の08年には最初の電気自動車(EV)のスポーツカー「ロードスター」を発売して話題となった。その後、10年には米ナスダックに上場、量産車の「モデルS」「モデルX」を次々に市場に送り出した。このテスラのケースでも、EVをベースに、さらに完全自動運転を実現しようというコンセプトは、03年の時点では、誰も考えない革命的なものだった。

そのテスラがいま迷走している。問題は大きく3つある。1つは、生産体制の偏りだ。テスラの生産工程では、車両の大量生産よりもエネルギー源であるバッテリーの量産に関心が払われてきた。その一方で、車両そのものの量産体制は整っていない。例えば量産車の「モデル3」は受注に生産が追い付かず、ビジネスチャンスを大きく逸することになった。

2つ目は、その結果として出てきた資金繰り不安だ。今年4月1日の「エイプリルフール」にマスクが「テスラ破綻」という「悪い冗談」をツイートし、これが市場から不評を買う出来事があった。もっと深刻なのは、マスクが8月7日に流したツイートだ。この中でマスクは、テスラの上場廃止を示唆。市場は「プレミアムを乗せての買い取り」への期待が高まるなど混乱し、テスラ株は乱高下した。

だが、これは違法な株価操作と言われても仕方がない行為で(この件で米証券取引委員会は、9月27日にマスクを証券詐欺罪で提訴。その後、マスクが罰金を支払いテスラ会長職を退任することで両者は和解)、マスクはこの発言をすぐに撤回。しかしより深刻なのは、この騒動でテスラが安定したキャッシュフローを維持していないという懸念が広がってしまったことだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪6月失業率は3年半ぶり高水準、8月利下げ観測高ま

ビジネス

アングル:米大手銀トップ、好決算でも慎重 顧客行動

ワールド

WTO、意思決定容易化で停滞打破へ 改革模索

ビジネス

オープンAI、グーグルをクラウドパートナーに追加 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 5
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 6
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 7
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 9
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 10
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中