最新記事

プーチン

ロシアの年金制度改革がプーチン人気を潰す

Breach of Promise

2018年9月8日(土)14時40分
マーク・ベネッツ

受給年齢の引き上げが猛反発を食らうのは、ロシア人の平均寿命が短いからでもある。改善傾向にあるとはいえ、男性の平均寿命は66歳。10人に1人は65歳以前に亡くなる。

女性の平均寿命は77歳だが、年齢差別のために、多くの女性は中高年になると働きたくても雇ってもらえない。年金の受給年齢が引き上げられたら、「飢え死にするしかないかも」と、モスクワ在住の40歳のシングルマザーは言う。

政府は年金改革がプーチンの公約に反することは認めながらも、人口構成の変化で改革に踏み切らざるを得ないと主張している。ロシアでは高齢化が急速に進み、政府の推計によれば、44年には高齢者の数が労働人口に追い付いて国家予算を多大に圧迫する恐れがある。6月、ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は「どの国の政府も自由気ままに動けるわけではない」と発言。ドミトリー・メドベージェフ首相も改革は「不可避かつ長年の懸案」だと主張した。

プーチンは改革案発表から1カ月余り過ぎた7月20日、ようやく口を開いた。改革案は気に入らないとしつつ、廃案をちらつかせることはなかった。「国民の大部分にとってデリケートな問題なのは確かだが、情に基づいて決定すべきではない」

国民は納得していない。モスクワの独立系調査機関レバダセンターが7月に発表した世論調査によれば、有権者の約90%が年金改革に反対、改革撤回を求める抗議デモも辞さないという人は40%近くに達した。「社会の激しい怒りを示すものだ」と同センターのレフ・グドコフ所長は言う。

庶民の怒りは一触即発の状態だ。8月3日、ロシア西部カルガの年金基金事務所前で爆弾が爆発、ビル入り口の一部が破壊された。爆発について国営メディアは報道せず、地元テレビ局のウェブサイトからは破壊されたドアの映像が削除された。

絶対的指導者に致命傷が

ロシア各地で共産党支持者や労働組合員や民主化活動家ら大勢の人々が年金改革に抗議する集会を開いている。人々が休暇から戻る秋には規模が拡大する可能性が高い。反体制指導者アレクセイ・ナワリヌイは「支給開始年齢引き上げは純然たる犯罪。必要な改革を装った強盗にすぎない」として、統一地方選のある9月9日に全国規模の年金改革反対デモを実施するよう呼び掛けた。そのナワリヌイが8月25日、治安当局に拘束されたことも火に油を注ぎかねない。

抗議をよそにロシア議会下院は7月19日、改革案を賛成多数で可決。だが不満の声は与党内にもあり、賛成票を投じるよう党が指示しなければならなかったほどだ。それでも離反者は出た。ナタリヤ・ポクロンスカヤ下院議員が党の指示に逆らって反対票を投じたほか、与党の下院議員8人が投票を欠席した。

与党内で改革反対を表明する声は上院議員や党員にも広がっている。「党の綱領と党指導部の活動は国民に背く方向に向かっている」と、年金改革に抗議して離党したニコライ・タラホフは言う。プーチンとメドベージェフの不人気ぶりに、9月の地方選に向けた選挙運動で2人の画像を使うなと党幹部が指示したとの報道もある。

一部修正案程度では焼け石に水だろう。今さら年金改革を中止しても「退却を余儀なくされた」との印象を有権者に与えるだけだと、政府のスピーチライターを務めたこともある政治アナリストのアバス・ガリャモフは指摘する。そうなれば完全無欠の絶対的指導者というプーチン像には致命傷だ。「もはやプーチン人気を確実に救う方法はない」

<本誌2018年9月11日号掲載>

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ネクスペリア中国部門「在庫十分」、親会社のウエハー

ワールド

トランプ氏、ナイジェリアでの軍事行動を警告 キリス

ワールド

シリア暫定大統領、ワシントンを訪問へ=米特使

ビジネス

伝統的に好調な11月入り、130社が決算発表へ=今
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中