最新記事

北朝鮮

脱北に失敗した北朝鮮人夫婦の「究極の選択」

2018年8月20日(月)14時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

脱北は南北首脳会談前より難しくなっている(写真は、板門店の軍事境界線を挟んで向き合う南北の兵士) Kim Hong-Ji-REUTERS

<後を絶たない、自ら死を選ぶ「脱北失敗者」>

韓国統一省の統計によると、今年6月の時点で韓国に入国した脱北者は488人。このペースだと、今年中に韓国入りする脱北者の数は1000人を割り込むことになる。脱北者の減少は、朝鮮半島の緊張緩和が影響している部分もあるが、中朝両国による国境統制の強化がもたらした結果という側面が大きい。

それでも様々な理由で脱北を試みる人がいるが、厳しい取り締まりが悲しい結果を生んでしまった。

デイリーNKの内部情報筋によると、今年7月初め、中国で脱北者夫婦が自ら死を選ぶ事件が起きた。夫婦は、3年前に脱北した。中国の東北地方に住む娘のところに身を寄せるつもりで、北朝鮮から川を越えて中国に入った。ところが、中国の公安(警察)に発覚してしまった。夫婦は逮捕直前に自ら命を絶とうとしたが、夫は生き残り妻は死亡した。1カ月後、夫は妻の遺体と共に北朝鮮に送り返された。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...)

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、この夫婦が脱北を試みた事情について語った。清津市(チョンジン)に暮らしていたこの夫婦には息子がいたが、今年5月に何らかの事故で死亡した。その後、妻はひどいうつ病になり娘のところに行こうと脱北したが、失敗したため、息子を後追いする形で命を絶ったという。

妻は出発前に「逮捕されたら厳しい取り調べと拷問に苦しめられ、教化所(刑務所)送りになる、そうなったら死ぬつもりだ」と言っていたと情報筋は語った。夫は現在、清津市の保衛部(秘密警察)で取り調べを受けているが、家族を相次いで失い、生きる気力を失ってしまったと伝えられている。

(参考記事:北朝鮮の刑務所で「フォアグラ拷問」が行われている)

このように、脱北に失敗して自ら死を選ぶ例は後を絶たない。

昨年7月には、北朝鮮の元党幹部一家が脱北してラオス経由でタイに向かう途中の雲南省で逮捕され、北朝鮮に強制送還される途中で毒を飲み、全員が死亡する悲劇的な事件が起きている。

また、瀋陽では昨年10月、4歳の男児を含む10人の脱北者が公安当局に逮捕された。先に脱北して韓国に住む父親がテレビに出演して「北朝鮮に強制送還されれば殺される、中国で毒を飲んで死んだほうが人間らしい最期を迎えられるほどだ。韓国に無事来られるように助けてほしい」と韓国政府に救援を訴えたが、結局は北朝鮮に強制送還されてしまった。

国際社会の目が気になったのか、北朝鮮当局は男児とその母親を含む複数の脱北者を釈放したが、厳しい監視のもとで暮らしていることには変わりないだろう。このような脱北者に対する厳罰が、彼らに自らの命を絶たせるのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

ニューズウィーク日本版 日本時代劇の挑戦
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月9日号(12月2日発売)は「日本時代劇の挑戦」特集。『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』 ……世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』/岡田准一 ロングインタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米製造業新規受注、9月は前月比0.2%増 関税影響

ワールド

仏独首脳、米国のウクライナ和平案に強い懐疑感 「領

ビジネス

26年相場、AIの市場けん引続くが波乱も=ブラック

ワールド

米メタ、メタバース事業の予算を最大30%削減と報道
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 7
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 8
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 9
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 10
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中