最新記事

北朝鮮

非核化も平和も「どうでもいい」......北朝鮮軍人がなげやりな理由

2018年5月29日(火)16時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮軍兵士は非核化どころの話ではない KCNA-REUTERS

<ろくな配給を受けられず栄養失調の危機に瀕している北朝鮮軍兵士は、非核化や平和構築などにはさほどの興味を持っていない>

北朝鮮の非核化は、今や世界中がその行方に注目しているが、同国の庶民はほとんど関心を持っていないようだ。

北朝鮮当局は24日、咸鏡北道(ハムギョンブクト)吉州(キルチュ)郡の豊渓里(プンゲリ)にあった核実験場の爆破する式典を行った。しかし、北朝鮮の国境地域に住む情報筋は、デイリーNKジャパンのカン・ナレ記者の取材に対し、「海外ではどうかわからないが、ここ(北朝鮮)では私も他の人々も核実験場の廃棄にさほど興味を持っていない」と述べた。

それよりも一般の人々は、核実験場の廃棄に象徴される非核化方針より、中国との関係改善に関心があるようだ。金正恩党委員長の訪中後、中朝貿易に復活の兆候が見えていることもあって、「わが国(北朝鮮)が貿易大国になる」というプロパガンダの方が一般国民に人気だという。

一方、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の関係者は「非核化だろうが貿易大国だろうが、兵士たちは『どうでもよい』と思っている」「トウモロコシの粉に少しだけコメを混ぜたものを食べて糊口をしのいでいる有様で、それを『カラス飯』と呼んでいる」と述べた。カラス飯とは、カラスが羽ばたけばコメ粒が飛んでいくほどスカスカであるとの意味だ。

核実験場がなくなろうが、中朝貿易が拡大しようが、兵士たちがカラス飯から解放されるわけではないため、何ら興味を示さないというのだ。

兵士たちが飢えているのは、北朝鮮経済が疲弊しているからでもあるが、上層部の腐敗の方が原因としては深刻だ。上層部もまた、十分な配給を受けられていないために、権力を武器に自分の利益を確保せざるを得ない。そして中には、横暴が過ぎる幹部もいる。

参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

そのような幹部たちが部隊に供給すべき食糧を大量に横流ししてしまうため、兵士たちは栄養失調の危機に瀕しているのだ。

この関係者は「中朝貿易の活性化で一般国民の金正恩氏への支持は高まっていることは事実」としつつも、「兵士たちは中央政府への不満が大きい」として、「世界は朝鮮人民軍兵士の不満が爆発し、北朝鮮の体制が崩壊することに備えるべき」だと主張した。

実際、北朝鮮軍兵士が銃撃を受けながら板門店(パンムンジョム)を突破した昨年11月の亡命事件は、同軍の士気がいかにゆるんでいるかを見せつけた。

2015年8月、軍事境界線で北朝鮮側が仕掛けた地雷に韓国軍兵士が接触し、身体の一部を吹き飛ばされる事件が起きた。これをきっかけに南北の軍事的緊張が高まると、金正恩氏は韓国軍の圧力の前に、膝を屈するしかなかった。

参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士...北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

これが、北朝鮮が以前にも増して核兵器開発に注力することになった要因のひとつなのだが、金正恩氏は同時に、軍の頼りなさを認識していたのかも知れない。


[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ボウマンFRB副議長、年内3回の利下げ支持 労働市

ビジネス

米、エヌビディアに中国向け「H20」輸出許可付与=

ワールド

トランプ氏、アラスカで3者会談にオープン ウクライ

ワールド

欧州、ウクライナの利益守る必要性強調 米ロ会談控え
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 2
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段の前に立つ女性が取った「驚きの行動」にSNSでは称賛の嵐
  • 3
    輸入医薬品に250%関税――狙いは薬価「引き下げ」と中印のジェネリック潰し
  • 4
    伝説的バンドKISSのジーン・シモンズ...75歳の彼の意…
  • 5
    なぜ「あなたの筋トレ」は伸び悩んでいるのか?...筋…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 7
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 8
    60代、70代でも性欲は衰えない!高齢者の性行為が長…
  • 9
    メーガン妃の「盗作疑惑」...「1点」と語ったパメラ・…
  • 10
    今を時めく「韓国エンタメ」、その未来は実は暗い...…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 7
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 8
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 10
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中