最新記事

北朝鮮

国境の川から北朝鮮を逃げ出した脱北者たち それぞれの事情

2018年5月2日(水)11時02分


母親から贈られたコート

カンさん(28)の両親は、カンさんが2010年に韓国に脱北した後に、中国国境を経由してコートを送ってくれた。

「母親にこのコートを送ってほしいと頼んだわけではなかったのに。でも私が寒がりだと知っていたから送ってくれた」と、カンさんは言う。彼女は、下の名前の公表を拒んだ。母親は、一緒に蜂蜜も送ったというが、途中で紛失されてしまった。

「このコートは、犬の毛皮。どんな犬かは知らない。2010年当時、約70万北朝鮮ウォン(非公式レートで88ドル=約9500円)もして、本当に高価だった。北朝鮮出身の友人が、中国まで引き取りに行ってくれた。

受け取ったとき、すぐに気に入った。母が大枚をはたいたに違いないと思った。私の父は党職員で、家族は自家用車を持ち、特別なアパートに住んでいた。

普通の人は、こんなに高価なコートを着ることができない。兵士でもそうだ。将校は買えるだろう。国境警備隊の隊員も。この種類のコートを買うのは、簡単ではなかった。でも、次第にニセモノが出回るようになった。

国は、この種のコートを取り締まっていた。本来は軍の支給品なので、デザインを勝手に変える人を監視していた。見ただけで、私のコートは、正規品ではなく、模造品だと分かる。

模造品は、正規品とだいぶ見た目が違う。軍の将校も、正規品よりデザインがいい模造品の方を好んでいた。裕福な家の子どもがよく着ていた。

私はこれを着ると太って見えるので、ここでは着ていない。修理すれば、着られると思う」

国境の収容所から脱出

イ・ウイリュクさん(30)は、中国国境に近い穏城(オンソン)の出身。2010年に脱北する際、身分証明書を持って逃げた。

「北朝鮮を去るとき、身分証明書を持ってきた。発行日は、主体暦95年11月7日(2006年11月7日)だ。

血液型はA型と書いてあるが、実際はO型だ。北朝鮮で暮らした23年の間、ずっと自分の血液型はAだと思っていた。血液型検査もせずに身分証に適当に記入していたのだ。

私は、金正日(総書記)の誕生日ごろに韓国に逃れようとして捕まった。誕生日の前後は、国境警備が強化されるのだ。

灯台下暗しというので、私は警備の鼻先を抜けて(川を)渡れると思っていた。

私が図們江から逃げようとすると、兵士たちは私に向かって発砲してきた。なんとか逃げおおせて隠れたが、誰かが密告し、捕まってしまった。保衛省(秘密警察)に3カ月拘束され、尋問された。韓国への逃亡を試みたとして、私は政治犯収容所に送られることになった。

私は、収容所に送られる途中で逃亡した。身を隠し、何とか姉の家までたどり着いた。写真を持ち出したのはそのときだ。帰郷は容易ではなかったので、どこか離れた地域の山中に隠れることにした。

捕まらずに移動するには、身分証が必要だった。この12枚の写真は、思い出に浸りたいときのために持ってきた。

忘れないように、裏に何の写真か書き留めておいた」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドル一時急落、154円後半まで約2円 介入警戒の売

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官

ビジネス

円安、物価上昇通じて賃金に波及するリスクに警戒感=

ビジネス

ユーロ圏銀行融資、3月も低調 家計向けは10年ぶり
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中