最新記事

イエメン内戦

イエメン、サレハ前大統領の殺害はなぜニュースなのか

2017年12月7日(木)21時33分
タレク・ラドワン(中東アナリスト)

自ら率いる国民全体会議(GPC)の35周年を祝ったばかりだったサレハ(今年8月、首都サヌアで)  Khaled Abdullah-REUTERS

<内戦で800万人が飢餓状態にある「最悪」の失敗国家。サウジアラビアとイランが代理戦争を戦う国。サレハはこの国に分断の種を撒き、今日まで権力と富を欲しいままにしていた男。だがサレハのいないイエメンは、サレハがいたイエメンより悪いかもしれない>

内戦が続くイエメンで12月4日、武装した兵士らが毛布にくるまれたアリ・アブドラ・サレハ前大統領の遺体を運ぶ映像がネットに流れ、中東全域に衝撃を与えた。

サレハが率いていた政党「国民全体会議(GPC)」は、サレハは同党のヤセル・アル・アワディ幹事長補佐と首都サヌアを移動中、イスラム教シーア派系武装組織「フーシ派」に殺害されたと確認した。

サレハの殺害は、イエメンの未来と泥沼化した内戦の行方を大きく左右する大事件だ。空爆の巻き添えで既に数千人の市民が死亡し、国連に「世界最悪の人道危機」を宣言された現状から、さらに事態は悪化しかねない。

政治家としてのサレハの経歴は功罪相半ばする複雑なものだ。1990年の南北統一後にイエメンを率いた唯一の大統領として、彼の政権は、汚職、不祥事、党派主義にまみれていた。

「アラブの春」で倒したはずが

政敵同士を対立させて排除する一方、大いに私腹を肥やしたとされる。2004年以降はイスラム教シーア派武装勢力フーシ派と断続的な戦闘が続いた。イエメンの治安部隊がフーシ派の中核だったフセイン・バドルッディーン・アル・フーシを国家の敵として殺害したのがきっかけで、イエメンで民主化運動が起きた2011年まで続いた。

2011年に中東で民主化運動「アラブの春」が起きた時、イエメンでデモに参加した若者たちは30年以上独裁政権の座にあったサレハを退陣に追い込んだ。その後、サウジアラビアなどペルシャ湾岸の6カ国で組織する湾岸協力会議(GCC)が調停に入り、全ての大統領権限を当時副大統領だったアブドラ・マンスール・ハディに移譲することで合意した。

ハディは改革推進のための国民対話会議(NDC)を主導したが、性急に事を運び過ぎて南イエメンやフーシ派の不興を買い、そこをサレハに付け込まれた。

サレハは自らに忠誠を誓う兵士たちとフーシ派の反政府勢力を糾合して、2014年9月、首都サヌアを制圧し、ハディ政権を南部アデンへと追いやった。

サウジアラビア主導の連合軍は2015年に軍事介入を開始し、ハディを正当な大統領として担いだ。サウジアラビアの狙いは、仇敵イランの支援を受けるフーシ派の台頭を阻止することだった、というのが専門家の見方だ。

サレハはフーシ派との連携で力をつけ、イエメン内戦に介入する国内外の勢力に大きな影響力を持つようになった。フーシ派との関係がこじれる時もあったが、連携は続いた──サレハがフーシ派を裏切るまで。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏、トランプ政権下で「トリクルダウン経済」

ビジネス

JPモルガン幹部、第4四半期の投資銀行手数料収入は

ワールド

バイデン大統領、日鉄のUSスチール買収を阻止へ=報

ワールド

EU外相、シリアの宗派間暴力への懸念表明 過激主義
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:韓国 戒厳令の夜
特集:韓国 戒厳令の夜
2024年12月17日号(12/10発売)

世界を驚かせた「暮令朝改」クーデター。尹錫悦大統領は何を間違えたのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達した江戸の吉原・京の島原と並ぶ歓楽街はどこにあった?
  • 2
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 3
    「男性ホルモンが高いと性欲が強い」説は誤り? 最新研究が示す新事実
  • 4
    無抵抗なウクライナ市民を「攻撃の練習台」にする「…
  • 5
    人が滞在するのは3時間が限界...危険すぎる「放射能…
  • 6
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 7
    韓国大統領の暴走を止めたのは、「エリート」たちの…
  • 8
    キャサリン妃が率いた「家族のオーラ」が話題に...主…
  • 9
    ジンベエザメを仕留めるシャチの「高度で知的」な戦…
  • 10
    ティラノサウルス科の初記録も!獣脚類の歯が明かす…
  • 1
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 2
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、妻の「思いがけない反応」...一体何があったのか
  • 3
    国防に尽くした先に...「54歳で定年、退職後も正規社員にはなりにくい」中年自衛官に待ち受ける厳しい現実
  • 4
    朝晩にロシア国歌を斉唱、残りの時間は「拷問」だっ…
  • 5
    人が滞在するのは3時間が限界...危険すぎる「放射能…
  • 6
    「糖尿病の人はアルツハイマー病になりやすい」は嘘…
  • 7
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや…
  • 8
    肌を若く保つコツはありますか?...和田秀樹医師に聞…
  • 9
    ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」…
  • 10
    キャサリン妃が率いた「家族のオーラ」が話題に...主…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 9
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中