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小池都政に「都民」と「民意」は何を求めているのか

2017年6月23日(金)16時05分
金井利之(東京大学大学院法学政治学研究科教授)※アステイオン86より転載

「改革」が手つかずの都性においては、必ずしも民意は正統性を持たない。「遊興」に《民意》が満足していることは、政治的資源とはならない。しかし、「遊興」の提供による都民の喝采が、小池都知事誕生の選挙結果に、遡って〈民意〉として小池都知事に自己正当化の手段を付与するかもしれない。そうなれば、選挙結果至上主義に向けて、都政も「先進都市」大阪府市と同じ道をたどることになる。都議会の制圧には、都議会議員選挙結果が全てであり、そのために、都知事の意の通りに動く候補者を当選させる首長政党が必要になる。「小池百合子政経塾・希望の塾」(いわゆる「小池塾」)で「第一次オーディション」が進められ、「小池ファーストの会」は二〇一七年七月の都議会議員選挙に参入する。今後のシナリオはいくつか考えられる。

 第一に、都民不在の「遊興」都政が継続するなかで、《民意》は従来の都性のエートスを惰性で残し、第三次東京五輪に向けて「小池劇場」の「遊興」を求め続ける。五輪後にも、五輪の後始末も含めて、新たな「遊興」が求められる。

 しかし、第二に、都政が選挙結果至上主義となれば、都性は終焉する。それは、都民の〈民意〉によって事後正当化される「都知事第一党」支配体制である。しかも、「小池ファーストの会」は、政策的・人脈的には自民党と同種同根同質であれば、仮に「野党」都議会自民党が存在しても、選択肢は都民の前にはない。仮に、「小池ファーストの会」と看板の異なる政党が存続したとしても、「都知事第一党」に擦り寄るのであれば、都民には選択肢はない。民意が「小池ファーストの会」を選択するのではなく、「小池ファーストの会」が〈民意〉の名のもとに、都議や都民を選別することを自己正当化する。

 また、第三に、「遊興」を支えている経済活力が低下すれば、「遊興」は続けられない。第三次東京五輪の後の大不況が、少子高齢化の深刻化とともに訪れるときに、低質の「ファスト・サービス」を提供される「ファスト(fast)都民」となる。それは、「都民ファーストの会」支配と相俟って、都性の終焉になるかもしれない。

 それは、低質のサービスと〈民意〉の翼賛的な動員を実現する都制の完成である。一九四三年の戦時下の危機において、低サービスと翼賛動員を目指したのが、原来の意味での都制である。しかし、戦後復興と高度成長により、「遊興」を本旨とする都性に変質していった。その意味で、都制は未だ実現したことはなかった。小池都政がどのシナリオを進むかは、まだ即断できない。ただ、一つ明確なのは、厳しい時代に向けて都民のために、不人気ではあるが、真摯に都政の施策を進めるシナリオは、ほとんど見出し得ないと言うことである。

[注]
(11)一九六五年の都議会黒い霧事件(議長選出をめぐる議長と議員の贈収賄疑獄)による自主解散。
(12)「遊興」それ自体は、大阪万博や札幌・長野冬季五輪、さらには、リゾート開発時代のテーマパークや、MICE(Meeting, Incentive travel, Convention & Exhibition)都市や近年の観光、さらには、カジノにまで尾を引く「依存症」となる。しかし、経済活動の乏しい他地域では、「遊興」の持続可能性はなく、多くのテーマパークは破綻に追い込まれる。さもなければ、もはや「遊興」ではなく、地域活性化を賭けて、眦を決して取り組む「真剣勝負」となる。低所得者が生活を賭けてギャンブルにのめり込むのは、もはや「遊興」ではない。大阪のように経済的に「沈滞」したと当事者たちが考える地域は、カジノ(IR)に賭けてしまった。この点、第三次東京五輪招致運動での「お・も・て・な・し」は、あくまで「遊興」の一環としての余裕の微笑を湛えたものである。
(13)自治官僚であった鈴木俊一(自治庁次長・官房事務副長官)は、東都政の副知事として、都知事への禅譲に期待されながら、「配役オーディション」(一九六七年都知事選挙)に登場できなかった。その後も、石原信雄(自治事務次官・官房事務副長官)(一九九五年)、明石康(外務官僚)(一九九九年)、増田寛也(建設官僚)(二〇一六年)などが挑戦するも、「主役の座」を射止められていない。
(14)但し、小池都政最大の「演目」として、「遊興」に資している。
(15)もちろん、小池知事も含めて、選挙公約は存在する。しかし、「二階建通勤電車」などの具体的項目を民意が選択したという位置づけではなく、「東京大改革」と「三つの「新しい東京」」(「セーフ・シティ」「ダイバー・シティ(ママ)」「スマート・シティ」)という題目を示し、当選後の施政運営の大枠を示す旧来型の選挙公約に留まる。なお、「ダイバー・シティ」とは「多様性(diversity)」ではなく、「清水の舞台」から「飛び降り(dive)」たことからくる駄洒落かもしれない。www.yuriko.or.jp/senkyo/kouyaku.pdf

金井利之(Toshiyuki Kanai)
東京大学大学院法学政治学研究科教授
1967年生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部助手、東京都立大学法学部助教授、東京大学大学院法学政治学研究科助教授を経て、現職。専門は自治制度、自治体行政など。主な著書に『財政調整の一般理論』『自治制度』(ともに東京大学出版会)、『実践自治体行政学』(第一法規)など。

※当記事は「アステイオン86」からの転載記事です。
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『アステイオン86』
 特集「権力としての民意」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

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