最新記事

BOOKS

日雇労働者の街・あいりん地区に見る貧困問題の希望

2017年6月21日(水)15時07分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<大阪の西成で調査や支援活動に携わってきた社会学者による『貧困と地域』で知る、スラムとドヤの違い、知られざる釜ヶ崎(あいりん地区)の姿>

貧困と地域――あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(白波瀬達也著、中公新書)の著者は、長年にわたり大阪の西成で調査や支援活動に携わってきたという社会学者。自身が就職氷河期を通過してきた「ロスト・ジェネレーション」であるため、貧困問題には当事者感覚があったのだという。

そこで"漠然とした問題意識"を背景としてホームレス問題を研究対象に定め、あいりん地区でフィールドワークを実施するようになった。そうした経験を軸としたうえで、同地の貧困問題を検証したのが本書だ。


 本書は、あいりん地区を通じて、「貧困の地域集中」とそれによって生じた問題を論じるものだ。あいりん地区の歴史的背景を踏まえ、この地域が被ってきた不利を明らかにし、それに対してどのようなセーフティネットが生み出されてきたのかを見ていく。こうした排除と包摂のダイナミズムを的確に捉えるために、利害を異にする複数の集団を捉え、それらの対立ないし協働のプロセスについても考えたい。(iiページ「まえがき」より)

陳腐な表現かもしれないが、読んでみて痛感したのは、「釜ヶ崎(かまがさき)」と呼ばれることも多いあいりん地区について自分が知らなすぎたということだ。もちろん、かつて路上生活者があふれていたとか、近年は生活者の高齢化が問題になっているらしいとか、さまざまな情報に触れてはいる。とはいえ、それはやはり表層的なものでしかなかった。

【参考記事】日本の未来を予見させる、韓国高齢者の深刻な貧困問題

たとえば、高度成長期以前のこの地が、男女の人口比がさほど変わらないスラムだったという事実にもそれがいえる。ちなみにこの点に注目するとすれば、まずはスラムとドヤ(宿をひっくり返した俗称。正式名称は簡易宿泊所)との違いに触れておく必要があるかもしれない。本書に引用された、社会学者の大橋薫による両者の比較を見てみよう。


 簡潔にまとめるならば次のようになる。スラム住民は家族持ちが比較的多く、定住性が高い。そのため人間関係は比較的緊密である。また、収入と消費の水準はともに低い点が特徴である。対してドヤ住民は、単身者が多く、定住性が低い。そのため人間関係は希薄で匿名的である。スラム住民に比べると所得は高いが、日雇労働ゆえに安定的な収入は見込みにくい。また、重労働に従事し、肉体を酷使するため、エネルギー補給のために食費がかさみやすく、簡易宿泊所の支払いも必要なため消費水準は相対的に高い。その結果、スラム住民に比べてドヤ住民は生活に余裕がない。(大橋一九六六)(24~25ページより)

つまり当時のスラムでは、子どもをも含めたさまざまな男女が暮らしていたというわけだ。そんな構造が変化するのは、1970年の大阪万博に向けた労働者需要の高まりである。多くの労働者が必要となったため単身男性が多く集まり、ドヤ街に住んだというのだ。

そして彼らの多くは、1980年代以降もこの地で生きることになる。そんななか、バブル景気の影響で収入が増加し、住環境も整備されていった。ところがバブルが崩壊してから、状況は一変する。

【参考記事】日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

物価は再び安定、現在のインフレ率は需給反映せず=F

ワールド

ハセット氏のFRB議長候補指名、トランプ氏周辺から

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 6
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 9
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中