最新記事

シリア情勢

7年目を迎えるシリア内戦:ますます混迷を深める諸外国の干渉

2017年3月15日(水)16時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

アレッポ県アル=バーブ Khalil Ashawi-REUTERS

「シリア内戦」が3月15日で7年目を迎えるなか、イスラーム国の首都と目されるラッカ市解放に向けた動きが本格化しつつある。だが、シリアでのイスラーム国との戦いは、もはやイスラーム国をめぐる戦いではない。矛盾した言い回しだが、紛争当事者にとって目下の関心事は、イスラーム国の脅威の排除でなく、誰がラッカ市の解放者になるか、あるいは誰をラッカ市の解放者とするかにある。

米国の空爆支援によるシリア民主軍の優勢

ラッカ市解放の最有力候補は、ロジャヴァ(西クルディスタン移行期民政局)の武装部隊YPG(人民防衛部隊)が主導するシリア民主軍だ。2016年11月にラッカ市の孤立化を目標とする「ユーフラテスの怒り」作戦を開始した彼らは、2017年1月にラッカ市の西約50キロに位置するアサド湖東岸に到達、2月に入るとダイル・ザウル県北部に進攻し、同県とラッカ市を結ぶ幹線道路を掌握するなど、順調に戦果をあげている。

シリア民主軍の優勢は、有志連合、とりわけ米国の支援によるところが大きい。米国はシリア民主軍への空爆支援や技術支援を通じて、ロジャヴァがマンビジュ市を中心とするユーフラテス川西岸地域に勢力を伸張するのを後押しした。また、アラブ人部族からなる「シリア・エリート部隊」を養成してシリア民主軍と連携させるだけでなく、3月には海兵隊員400人をシリア領内某所に派遣し、ラッカ市攻略に備えている。

しかし、ラッカ市は、ロジャヴァを主導するPYD(民主統一党)の地盤地域ではなく、シリア民主軍と米軍が同市からイスラーム国を掃討したとしても、そこで安定的支配を確立するのには困難が予想される。解放後を見据えた場合、ロジャヴァと米国は、それ以外の紛争当事者との協力が不可避だが、その前途は多難だ。

シリア民主軍への米国支援を阻害するトルコ

最大の理由はトルコの存在だ。トルコにとって、PYD、ロジャヴァ、YGP、シリア民主軍は、クルディスタン労働者党(PKK)と同根のテロ組織で、イスラーム国以上に国家安全保障を脅かす存在と認識されている。2015年8月末、トルコが、ハワール・キッリス作戦司令室(「穏健な反体制派」とイスラーム過激派の連合体)とともに、「ユーフラテスの盾」作戦と銘打ってシリア領内に地上部隊を侵攻させ、ジャラーブルス市、アアザール市、マーリア市、バーブ市を包摂するアレッポ県北部のいわゆる「安全地帯」を掌握しようとしたのもそのためだ。

「安全地帯」というと、最近ではドナルド・トランプ米政権がシリア難民を収容するために設置を画策している地域の呼称として報じられることが多い。もちろん、トルコがめざす「安全地帯」も、究極的には同国領内のシリア難民(の一部)を押し戻す場所として想定されている。だが、それには国境地帯からテロ組織を掃討することが必要で、その最大の標的が、イスラーム国ではなく、むしろPYD、ロジャヴァ、YGP、シリア民主軍なのだ。

こうした目的のもと、イスラーム国に対するトルコの「テロとの戦い」は、一方でシリア民主軍への米国の支援を阻害し、他方でロシアと米国に「安全地帯」の実質占領を既成事実として認めさせるためのカードとしての意味合いが強い。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米経済下振れリスク後退は利上げ再開を意味、政策調整

ワールド

イスラエル、ヨルダン川西岸で新たな軍事作戦 過激派

ビジネス

S&P、ステーブルコインのテザーを格下げ 情報開示

ビジネス

アサヒGHD、12月期決算発表を延期 来年2月まで
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中