最新記事

シリア情勢

7年目を迎えるシリア内戦:ますます混迷を深める諸外国の干渉

2017年3月15日(水)16時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

継続不可能となっていたトルコの「テロとの戦い」

バラク・オバマ米政権がレイムダック化した2016年末、トルコはアレッポ市攻防戦の決着や、シリア政府と反体制派の停戦などでロシアに協力し、その見返りとして「安全地帯」の実質占領への了承をロシアから取り付けることに成功した。2017年1月には、トルコ・ロシア両軍がバーブ市に対する合同空爆作戦を実施、また米国も同地での空爆を強化し、トルコ軍とハワール・キッリス作戦司令室は2月、「安全地帯」の南端に位置するバーブ市からイスラーム国を放逐し、同市を制圧した。

その一方で、トルコは、ユーフラテス川西岸地域からのシリア民主軍の退去とラッカ市解放作戦からの排除を米国に迫り、この二つが受け入れられることを条件に、有志連合に協力するとの意思を示した。しかし、トルコの「テロとの戦い」は、イスラーム国に対するものであれ、ロジャヴァに対するものであれ、継続不可能となっていた。

トルコ軍の動きが封じられ増長するシリア政府

それは、米国がトルコの要請に応えなかったからではなく、シリア政府とロシアが「兵力引き離し」戦術に打って出た結果だった。トルコ軍がバーブ市攻略に苦戦するなか、シリア軍は、ヒズブッラーの精鋭部隊やロシア軍砲兵大隊とともに、同市の南部から南東部に至る回廊地帯に進軍し、2月末にはマンビジュ市南西部郊外のロジャヴァ支配地域に到達した。これにより、トルコ軍の展開地域とイスラーム国の支配地域は物理的に切り離され、ラッカ市に向けたトルコ軍の南進の道は閉ざされた。

続いて、シリアに駐留するロシア軍が、シリア民主軍と協議し、マンビジュ市西部郊外のロジャヴァ支配地域をシリア軍に引き渡すことで合意した。これを受け、シリア軍所属の「シリア国境警備隊」がトルコ軍とシリア民主軍を引き離すかたちで同地一帯に進駐した。シリア国境警備隊をめぐっては、YPG戦闘員がシリア軍の軍服を身につけただけの「偽装部隊」だとの指摘もある。だが、シリア国境警備隊の進駐だけでなく、米軍部隊もマンビジュ市一帯に展開、またシリア民主軍傘下のマンビジュ軍事評議会が市内にロシア国旗を掲揚することで、トルコ軍はマンビジュ市への東進も阻止されてしまった。

トルコ軍の動きが封じられたことで増長したのはシリア政府だった。シリア軍はバーブ市南東部で支配地域を拡大し、アサド湖西岸に到達、ラッカ市に続く幹線道路に沿って進軍した。バッシャール・アサド大統領は3月11日、中国の民間衛星テレビ局「鳳凰衛視」(フェニックス・テレビ)のインタビューに応じ、そのなかで「ラッカ市は我々にとっての最優先事項だ」と明言し、シリア民主軍や米国が必要としている戦略的協力者としての存在を誇示した。

決定打を欠くロシア、米国、トルコ

しかし、ラッカ市解放作戦はどの紛争当事者によっても開始されていない。なぜなら、地上部隊を進駐させ、シリア内戦という泥沼に深入りしてしまったロシア、米国、そしてトルコの三カ国のいすれもが、ラッカ市攻略の主導権を握るための決定打を欠いており、そのことがシリア政府、ロジャヴァ、そして反体制派の「棲み分け」をめぐる三カ国の合意形成を遅らせているからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送-〔アングル〕日銀、柔軟な政策対応の局面 米関

ビジネス

3月完全失業率は2.5%に悪化、有効求人倍率1.2

ビジネス

トランプ氏一族企業のステーブルコイン、アブダビMG

ワールド

EU、対米貿易関係改善へ500億ユーロの輸入増も─
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中