最新記事

メディア

書くことが精神を浄化させる PTSDと闘う記者の告白

2016年11月29日(火)18時57分

 8月28日、私は自分の治療チームにこのようなメモを書いた。「ウィキリークスがあのビデオを公開したとき、私には勇気がなかった。あぜんとし、ショックを受けたが、他の誰かにそれに対応してほしいと思った。他の誰かの問題だが、自分の問題とすべきだった。この気持ちとうまくやっていかなくてはならない。

 退院まであと1週間となった9月初め、担当医から17号棟で達成したことを書き出すよう言われた。自分が作成していたリストには、メアリーと正直に向き合うこと、ナミールとサイードの死に関連する自分の行動を受け入れられるようになること、不安とストレスをコントロールするテクニックを身につけること、とあった。

 退院にあたっての目標は、帰宅してから当初の期間について現実的な期待をもつこと、ストレスのレベルを管理すること、仕事には徐々に戻ること、アルコールは飲まないことだった。また毎週、心理療法のセッションを受けることになった。

 いよいよ9月16日に退院した。家に戻れた気分は何とも素晴らしかった。家族との絆を再び取り戻すと心に決めていた。タスマニアはメルボルンと比べると、とても静かだった。

1歩後退

 17号棟を出る前、私の治療チームは、回復のペースについて2歩進んで1歩下がると教えてくれた。

 9月23日は、まさに「1歩下がった」日となった。

 私は近くの町ローンセストンで、メアリーが迎えにくるのを待っていた。そのとき、公立図書館近くで警報が鳴り響いた。「緊急事態。避難下さい」と、その録音された音声は告げていた。冗談だろ、と私は思った。ヘッドホンは持っていなかった。放送は10分も続いた。落ち着け。深呼吸しろ。

 午前半ばごろに帰宅すると、私はベッドに舞い戻った。そしてマイケル・ハー氏の「ディスパッチズ─ヴェトナム特電」を読み終わった。登場する記者たちの行動は、私にイラク時代を思い起こさせた。私は彼らに比べると弱虫だった。

 遠足に出かけた娘を2時ごろに迎えに行くため、ベッドから這い出た。帰宅すると、飼っている犬が下痢をして、どっさりとフンが床にあるのを発見した。ひどい悪臭を放っていた。私は自分のバランスが崩れ始めるのを感じた。

 これもまた、ベッドに戻る良い口実となった。

 すると今度は庭師が芝刈りにやって来た。6カ月ぶりなので、芝は伸び放題だった。庭師は芝刈り機ではなく、大きな草刈り機を取り出した。その音は、バグダッド上空を飛んでいた偵察ヘリを思い出させた。私は頭痛がし始めた。

 17号棟から退院して1週間が経過していた。蜜月期は終わったのか。私は自分に問いかけた。再び孤立し始めていると感じた。メアリーに今日は「1歩下がる」日だったが、それよりも悪い感じがすると伝えた。彼女が案じているのが伝わってきた。

 翌日もひどい気分が続いていたが、めい想するため仏教寺院を訪れた。45分ほど座禅を組んで起き上がると、エネルギーが戻っているのを感じて驚いた。

 そして私はこの記事を書き始めた。書くことには精神を浄化させる作用がある。17号棟での最初の日々では、セラピーを受けている間、貧乏ゆすりが止まらなかった。不安の表れであったのだろう。だが書いていると、それは止まったのだ。

 (翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

Dean Yates

[エバンデール(豪州) 15日 ロイター]


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米株から日欧株にシフト、米国債からも資金流出=Bo

ビジネス

ユーロ圏製造業PMI、4月改定49.0 32カ月ぶ

ビジネス

仏製造業PMI、4月改定値は48.7 23年1月以

ビジネス

発送停止や値上げ、中国小口輸入免税撤廃で対応に追わ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 7
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中