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「ドナルド・トランプの世界」を読み解く

2016年11月17日(木)15時50分
横田 孝(本誌編集長)

 これから、トランプはワシントン流の政治を一新する。そして、予測不能で不確実な時代が訪れる。そうしたなか、私たちは「トランプ大統領」という現実とどう向き合うべきか。

 常人の理解を超えた指導者が誕生すると専門家やメディアも臆測を好き放題に語りがちだ。その臆測がさらなる臆測を呼び、いたずらに混乱をあおり、実態以上の危機を生み出し、傷口を不必要に広げる恐れがある(日本も鳩山由紀夫元首相という形で経験済みだ)。

 いくら世界の超大国に未知数の男が君臨するとはいえ、浮足立ったり、顔色をうかがったりするような姿勢を見せるのは禁物だ。とっぴな政策を掲げてきたトランプだが、各国政府は泰然と構えることが求められる。

 この点、カナダのジャスティン・トゥルドー首相は対応を誤った。大統領選の翌々日、トゥルドーはトランプが掲げるNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉・破棄について「喜んで協議したい」と語った。トランプが就任する前にもかかわらず、尻尾を振って彼に擦り寄るかのような言動はトランプをつけ上がらせるだけだ。協議に応じる意向があるとしても、この局面ではメキシコ政府のように、手の内を明かさず曖昧に対応する方が賢明だ。

次期大統領を待つ厳しい現実

 今のところ、トランプの選挙中の大言壮語や好戦的な態度は影を潜めている。勝利演説は打って変わって穏健で、国民の団結を呼び掛けるものだった。

 トランプの本質は「ビジネスマン」というより、「セールスマン」に近い。彼にとって、選挙中に語ってきたことは「公約」というよりも、あくまでもセールストークなのかもしれない。

 実際、あれだけロシアのウラジーミル・プーチン大統領を褒めちぎっておきながら、選挙終盤に「彼を支持しているとは一度も言っていない」と前言を翻している。また、選挙期間中は声高に撤廃を叫ぶなど猛批判していたオバマケア(医療保険制度改革)についても、修正にとどまることを示唆するなどトーンダウン。制度の「根幹部分は大好きだ」と言い放っている。

 外交面についても、勝利演説では一転して融和的な態度をのぞかせた。「アメリカを第一にしつつも、どの国もフェアに扱い、敵意ではなく共通点を見いだし、紛争ではなくパートナーシップを追求する」

 経済面では楽観論も一部に出ている。1つには、公約として訴えた法人税減税が市場に好感されている。規制を1つ導入する場合には、既存の規制を2つ撤廃する「ルール」も打ち出している。また、勝利演説の際、大規模なインフラ投資を行うと語った。

 確かに、アメリカのインフラは世界第1の経済大国にふさわしい代物とはお世辞にも言えない。世界的に行き過ぎた緊縮財政と金融政策への過度な依存が指摘されているなか、新たな財政政策として大規模インフラ整備が行われれば、アメリカ経済にとって大きな刺激となり得る。

 言うまでもなく、今後はトランプもワシントンと国際情勢の「現実」と向き合うことを迫られる。

 まずは議会。大統領選と同時に行われた議会選挙で、上下両院とも共和党が過半数を確保した。しかし同じ共和党とはいえ、財政規律を重んじる傾向が強いため、大風呂敷的な歳出計画が通るかは未知数だ。

 国防予算の上限を撤廃し、米軍を大幅に増強する計画についても同じだ。予算確保のために国防総省の予算を一から見直し、「監査」を行うとしている。確かに、アメリカの国防費には巨額の使途不明金もあるとされる。しかし、複雑に入り組んだワシントンの政府機関や権力構造の中で、「監査」が一筋縄でいくとは考えにくい。

職権乱用の可能性はあるか

 一方で、ただでさえ大統領権限はこれまでになく拡大していることも指摘されている。議会と良好な関係を築かなかったオバマは大統領令を乱発し、職権乱用との批判を受けた。

 既に、トランプは大統領権限を乱用する可能性を選挙中に示唆した。クリントンが私用のメールアドレスを公務に使ったことについて特別検察官を任命し、彼女を「監獄にぶち込む」とも息巻いた。

 半面、外交面における大統領権限は明確でない部分もある。大統領は上院の承認を得た上で条約を結ぶ権限があるが、破棄する権限があるかは明確に定められていない。

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