最新記事

南シナ海

南シナ海巡り、 米豪と急接近するインドネシアの思惑

2016年11月4日(金)16時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

 豪軍はこれまでに南シナ海で空軍機による偵察飛行を実施しているとされ、中国側からは「慎重な行動と発言を期待する」とやんわりとけん制されている。

 こうした動きは、これまでの米に加えて豪、インドネシアが海軍艦艇による新たな「対中国共同歩調」となるため、中国の今後の出方が注目されている。

中国の一方的主張に釘を刺す

 インドネシアは中国が南シナ海の広大な海域の領有権を主張する根拠としている「九段線」の南端、「舌の先」に当たる部分がインドネシア領ナツナ諸島の海域と重なっている。近年は中国漁船が大量に同海域で違法操業を続けており、インドネシアは監視船だけでなく海軍艦艇を派遣して取り締まりを強化している。違法操業で拘留した中国漁船の船員を収容する施設も手狭になっているためジョコウィ政権は拡張工事計画を明らかにしている。こうした政策は同海域が「インドネシアが権益を有する海域」であることを中国に断固として示す強い態度を反映していといえる。

 これに対して南シナ海とは直接関係のないオーストラリアがインドネシアと合同パトロールを実施することは、米国同様に南シナ海での領有権紛争には直接関係ない国が「航行の自由」を主張することになり、「領有権問題は関係する国による対話と協議で解決を目指す」と問題を限定化しようとする中国政府に釘をさす目的がある。

米・豪・インドネシアの対中ブロック

 インドネシアのジョコウィ大統領は政権発足以来、対米関係、対中関係で微妙なバランスを取りながら独自の外交のかじ取りを進めてきた。しかし首都ジャカルタから南郊のバンドンまでの高速鉄道構想では大方の予想を裏切って高い技術力と安全性を誇る日本ではなく価格面だけで中国に発注を決めるなど、政権内部の親中派に配慮を示してきた。

【参考記事】インドネシア高速鉄道、中国の計算

 しかし、スシ海洋相を中心とする「海洋権益重視」派は南シナ海での中国の強硬姿勢に反発を強め、その結果として米国と利害が一致、米国と同盟国でもあるオーストラリアとも南シナ海問題では共同歩調をとることになった。つまり米、豪、インドネシアによる対中ブロックで圧力を強める体制ができつつあるのだ。

 こうした背景にはフィリピンに誕生したドゥテルテ新政権がこれまでの親米路線から後退して親中路線に切り替わる懸念が渦巻き、ベトナムも同じ社会主義国である中国に対してどこまで強硬姿勢がとれるか未知数、という南シナ海で中国と直接領有権を争う関係国の足並みの乱れや温度差、結束の弱体化があるとみられている。

 米の強いイニシアチブに豪、インドネシアが応えた形の対中ブロックだが、今後どこまで「航行の自由」を実行し、中国がどう反発するか、南シナ海は「波高し」の状態が続くことだけは確実だ。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は続落、中東情勢悪化が重し 売り一巡

ワールド

ホルムズ海峡リスク、ブレント原油一時110ドルも=

ワールド

中国はエネルギー輸出国に転換へ=ロスネフチCEO

ワールド

ウクライナ大統領、武器生産で協力国にGDP比0.2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 2
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 9
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 10
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 9
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中