最新記事

香港

「政治冷感」の香港で注目を集める新議員、朱凱廸とは?

2016年9月26日(月)11時36分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 朱氏は約10年前から反高速鉄道運動、皇后碼頭取り壊し反対、違法ゴミ廃棄場の告発、農村の土地収用反対などに取り組んできたばりばりの市民活動家だ。自決についても言及しているものの、むしろ環境問題や中産層、低所得層に配慮した都市計画などこそが主要な訴えだ。独立、自決といったビッグトピックと比べると地味な印象はぬぐえないが、結果的には8万4000票と今回の選挙での最多票数を獲得している。

 当選後の活躍も華々しい。深圳に近い北部の横洲公営団地開発の不正疑惑追及によって脅迫や尾行を受けていた事実を明かすと、連日一面トップのビッグニュースとなった。告白を機にメディアは横洲公営団地の不正疑惑を一斉に追及し始めている。もともと農業用地に1万7000戸の住宅を建設する計画が承認されていたが、後に近隣の農村に4000戸を建設する計画に変更された。もともとの建設予定地で駐車場を経営していた地元有力者に配慮したのではないかなどさまざまな疑惑が追及され、梁振英行政長官の責任問題へと発展しつつある。

「政治冷感」の香港といえども、自分たちの生活に直接かかわることならば話は別だ。例えば2015年には、公営団地など一部地域で水道水が鉛で汚染されていることが発覚。市民の注目を集めた。世界の注目を集めた2014年の民主化運動「雨傘運動」でも行政長官選挙の改革がイシューとされていたが、参加者に話を聞くと、公務員試験で広東語だけではなく中国語も認められたこと、公営団地に入居できるが中国人移民ばかりで香港人が割りを食っていることなど、身の回りの問題に強い危機感を覚えていることを明かしていた。

 実は今年7月、雨傘運動のリーダーだった周永康氏にインタビューした時、「身の回りの問題から政治意識を掘り起こしていきたい」と語っていた。「雨傘運動という大きなうねりが変革をもたらすかもしれないと期待したが実現はしなかった。今後10~15年は同レベルの盛り上がりは起きないのではないか」と分析し、事件に乗っかるのではなく足元を固める時期だと話していた。周氏自身、地方コミュニティの市民講座にたびたび参加し、一般市民が地域行政に関心を持つ重要性を説いているという。

 身の回りの生活が政治と直結していくようになれば、親中派か非親中派かという構図も変わるはずだ。朱凱廸氏がこのまま存在感を発揮し続ければ、次回選挙では同様の主張を持つ候補者が増えるだろう。時の人となった朱氏の存在に注目したい。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノボ、アルツハイマー病薬試験は「宝くじ」のようなも

ワールド

林氏が政策公表、物価上昇緩やかにし1%程度の実質賃

ワールド

米民主党議員、環境保護局に排出ガス規制撤廃の中止要

ビジネス

アングル:FRB「完全なギアチェンジ」と市場は見な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中