最新記事

シンガポール

シンガポール「王朝」のお家騒動で一枚岩にひび

2016年9月20日(火)16時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

 シンガポール国内でリー一族について「世襲」「ネポティズム(縁故主義)」「ビジネスや海外資産の独占」など機微に触れる発言や報道をすれば即座に発行禁止、損害賠償、国外退去となる。「国境なき記者団」による2016年度の「各国報道の自由度ランキング」でもシンガポールは180カ国中、154位であることがそれを裏付けている(ちなみに北朝鮮は179位)。

ヒートアップする兄妹の言い争い

 現首相とその妹による言い争いのそもそもの発端は今年3月のリー・クアンユーの一周忌に際し兄が大々的な追悼行事を計画したことに、妹が「父の神格化を図るものだ」と反発、父の威光・権威を借りて自らの地位を確固たるものにしようとしていると批判したことあるようだ。

 その後もリー・ウェイリンは「父が首相、上級相の時代のシンガポールは現在の政府よりもっとフランクで国民に対して率直だった」などと兄の政府が国民の思いに寄り添っていない、と正面切っての政権批判を展開している。さすがに首相の妹であり、建国の父の娘だけに当局もリー・ウェイリンの口を封じる強硬手段は控えている。

 ただ、リー・シェンロンも黙っているだけでは不利になると思ったのか「権力継承確立のために私が権力を乱用したとの妹の主張に驚いている。国民の意を汲んで父の一周忌の行事をどうするか、内閣で承認したものであって世襲の意図などない」としたうえで「我々の社会の根本的な価値は実力主義であり、王朝を私が築こうとしているという指摘は全く的外れである」と反論、ネットを通しての兄妹の争いはますますヒートアップしている。

社会変革の萌芽となりえるか

 こうした論争の詳しいことをシンガポールの官製メディアは詳しくは伝えていないが、当局の制限、検閲があるとはいえ高度のネット社会でもあるシンガポールだけに国民の多くがこの兄妹の言い争いを興味深く見守っている。もっとも当局にどこで個人情報が探られるか疑心暗鬼なため、書き込みへのコメントは、2人の父リー・クアンユーの功績を評価するものが多く、賛否を明確に示すことは避けているものが目立つ。

 シンガポール在住のメディア関係の華人は「リー・ウェイリンが指摘していることは正当であり、妥当であり、多くのシンガポール人は共感しているだろう。しかし、彼女の指摘が大きな論争を巻き起こし、社会を変革しようという動きになるかというと残念ながら現状ではそれは難しい」と分析する。そしてその理由として(1)メディアが完全に政府にコントロールされていること(2)野党勢力を含めた「他の選択肢」が存在しないこと、の2点を挙げる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、不法滞在者の送還拡大に言及 「全リソー

ビジネス

焦点:日鉄、巨額投資早期に回収か トランプ米政権の

ビジネス

香港取引所、東南アジア・中東企業の誘致目指す=CE

ワールド

米ミネソタ州議員射殺事件、容疑者なお逃走中 標的リ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中