最新記事

歴史

沖縄の護国神社(4)

2016年8月16日(火)11時10分
宮武実知子(主婦)※アステイオン84より転載

論壇誌「アステイオン」84号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月19日発行)から、宮武実知子氏による論考「沖縄の護国神社」を4回に分けて転載する。かつて「戦没者の慰霊」をテーマにした社会学者の卵だった宮武氏は、聞き取り調査で訪れた沖縄の護国神社の権禰宜(現宮司)と結婚。現在は沖縄県宜野湾市に暮らす。本論考はいわば「元ミイラ取りによる現地レポート」だと宮武氏は言うが、異なる宗教文化を持つ沖縄にある護国神社とは、一体いかなる存在なのか。その知られざる歴史を紐解く。

(写真:沖縄戦の菊水一号作戦で古宇利〔こうり〕島沖に沈んだ日本軍の特攻機とアメリカ戦艦の慰霊祭に奉仕する宮司。提供:筆者)

※第1回:沖縄の護国神社(1)はこちら
※第2回:沖縄の護国神社(2)はこちら
※第3回:沖縄の護国神社(3)はこちら

本土復帰の実現と沖縄戦の忌明け


 仮神社当時の奥武山一帯は交通不便且つ道路未整備で雨が降れば泥んこになる辺鄙な場所で参拝者も少なく寂しい神社でありました。沖縄遺族連合会青少年部が大晦日の午後十一時に神社に集まり「キャンプ・ファイヤー」で寒さを凌ぎながら元旦を迎える時代でした。最近の元旦は数多くの初詣客で社頭が賑やかになっている現実に今昔の感を抱いています。(『歩み』、二八頁)

 六〇年代に青年期を過ごした遺族からは大晦日に境内で焚き火をしながら年越しをした思い出を聞く。一九六四年生まれの現宮司も元日の境内で凧を揚げて走り回ったと言い、手持ち無沙汰な神社関係者が拝殿前で撮影しあったスナップ写真が何枚も残る。「今じゃ考えられないけど」と皆、感慨深げに口をそろえる。

 護国神社の初詣はいつから盛んになったのか、参拝者数の記録をたどってみた。ちなみに、神社が公式発表する「初詣の参拝者」とは、人の密度や賽銭額や経験から算出されたに過ぎず、厳密に数えた人数ではない。願望も含めて自己申告された数に違いないが、それでもおおよその推移を把握する参考にはなるだろう(表1)。

asteion_chart0816.jpg

「アステイオン」84号より

 やはり本土復帰(一九七二年五月一五日)が一つの転機だ。本殿が造営されても数年は一万人前後で推移していた参拝者がやや増加に転じたのは七〇年。二万人の大台に乗って「新年祭は年々参拝者が増加している」と特記されたのが七一年である。そのまま年々増加していき、七九年になって急に八万人へと飛躍的に増えたのが目を引く。

 一九七九年の正月とは、沖縄戦の三三年忌が明けた正月であった。

 事務局長・加治順正の中では「三三年までは戦没者と遺族のための神社」という意識が強く、派手なことを控えたい気持ちがあった。三四年目のこの正月、社史には「マスコミの利用が奏功した」と記録されている。前年までは町中の電柱に神社関係者や家族でポスターを貼ってまわる程度だったが、この年からラジオ、テレビ、新聞を使った宣伝を始めた。「お正月は護国神社へ」「初日の出を拝める神社です」などのコピーをつけて広告を打ち、周囲は「神社がこんな宣伝をするなんて」と眉をひそめたが、宣伝効果を見て他社も追随した。

 一九八二年からは、花火まで打ち上げた。新年に日付が変わる瞬間、干支にちなんだ仕掛け花火に点火して人々を沸かせた後、新年祭の式典が始まる趣向だったらしい。なかなか楽しそうだが、七年ほど続けて人気イベントに成長した頃、消防署からの注意と昭和天皇の病気による自粛をきっかけに以後は取りやめになった。

 正月の花火はなくても︑初詣の露店が出ることが知られ、自粛の翌年以降も初詣の参拝者は増え続けた。二〇〇三年一月に義父が亡くなる直前、初めて初詣の参拝者数が波上宮を抜いて県内一位になった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マスク氏、FRBへDOGEチーム派遣を検討=報道

ワールド

英住宅ローン融資、3月は4年ぶり大幅増 優遇税制の

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ビジネス

アルコア、第2四半期の受注は好調 関税の影響まだ見
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中