最新記事

歴史

沖縄の護国神社(1)

2016年8月13日(土)06時42分
宮武実知子(主婦)※アステイオン84より転載

「アステイオン」84号より


論壇誌「アステイオン」84号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月19日発行)から、宮武実知子氏による論考「沖縄の護国神社」を4回に分けて転載する。かつて「戦没者の慰霊」をテーマにした社会学者の卵だった宮武氏は、聞き取り調査で訪れた沖縄の護国神社の権禰宜(現宮司)と結婚。現在は沖縄県宜野湾市に暮らす。本論考はいわば「元ミイラ取りによる現地レポート」だと宮武氏は言うが、異なる宗教文化を持つ沖縄にある護国神社とは、一体いかなる存在なのか。その知られざる歴史を紐解く。

(写真:[図1] 米海兵隊が1945年6月28日に撮影した護国神社。「沖縄の影響を受けた典型的な日本建築」という説明文が付いている。拝殿の屋根に砲弾の穴が開いている。提供:沖縄県公文書館)

 二〇一六年の正月、那覇市奥武山(おうのやま)の沖縄県護国神社には初詣の長い列が伸びた。

 護国神社といえば、県民には「あの初詣がすごく多いとこ」で知られる。だが沖縄の初詣が賑わう現象は、実はわりと新しい。その証拠に、参拝者はなぜか文字通りの「長蛇の列」を作る。三、四人ほどの細い幅でずらりと並ぶのである。境内のずっと外から始まった細い列は参道の中央を長い時間をかけて進み、ようやく拝殿前に達した先頭がおもむろに柏手を打つ。神社仏閣と観光客がひしめく京都から来た筆者は、どんどん進んで射程距離に入ったら賽銭を投げればいいのにと思って眺める。飲食店の順番待ちのような並び方は初詣らしくない。

 それにしても、なぜ異なる宗教文化の沖縄で、こんなにも初詣が賑わうのか。しかも、戦没者を祀る「地方版の靖國神社」がアメリカ占領下で復興され、今や誰もそんな歴史を気に留めないほど市民生活に溶け込んでいる。なぜだろうか。

 それは、人々が護国神社の復興に「祖国日本」という夢を重ねてきたためではないか、と筆者は考えている。

 なお、筆者はかつて「戦没者の慰霊」をテーマにした社会学者の卵のようなものであった。論文を投稿した査読誌から「条件付で掲載可」の通知とともに「沖縄の護国神社は特殊だが、調査したか」と指摘され、慌てて沖縄へ飛んだ。聞き取り調査をしようと境内をうろつくうち、当時は権禰宜(ごんねぎ)(ヒラの神主)だった現宮司の加治順人(よりひと)が通りかかった。聞けば四〇年以上にわたって神社の再建と運営を担った加治順正(じゅんせい)の長男だという。「加治家の神社」と揶揄されるほど一族総出で運営してきたそうだが、よそ者には理解しづらい長い話だった。数年後(中略)「こちらに来ればいい」と身元を引き受けてもらって現在に至る。一般的に言えば、嫁に来たということだ。

 つまり、本論考は研究者がいわゆる参与観察をした学術論文ではない。元ミイラ取りによる現地リポートである。昔の名前で出ているのは、本稿があくまでも筆者個人の理解に基づく論考であって、神社はもちろん加治家を代表する意見でもないことを示している。

神道というマイナー宗教

 沖縄で神主が地鎮祭やお祓いに出向くと、「あい! 髪があるねぇ」と驚かれるらしい。タクシーに乗って「奥武山公園の、護国神社」と所在地を強調しないと、波之上の「護国寺」に連れて行かれる。

 神主と僧侶、神社と寺の区別は、沖縄ではあまり知られない。ここでは神道も仏教もマイナーな宗教である。

 では「沖縄の信仰」は何かといえば、折口信夫が「琉球神道」と呼んだ独特な信仰形態だろう。日本本土の神道の一種とも言われるが、祖先崇拝が非常に強く、神社仏閣のような建造物を重視せず、 御嶽(うたき)や火の神(ひぬかん)を拝み、ノロやユタといったシャーマン的な人々が活動する。このユタが驚くべきことに現在も各地にいて影響力をふるっており、いろいろ奇妙な話も多い。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ソフトバンクG「ビジョン・ファンド」、2割レイオフ

ビジネス

三井住友FG、米ジェフリーズへ追加出資で最終調整=

ワールド

EU、ロシア産LNGの輸入禁止前倒し案を協議

ワールド

米最高裁、トランプ関税巡る訴訟で11月5日に口頭弁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中