最新記事

領土問題

南シナ海の仲裁裁定、アメリカは「静かな外交」で緊張緩和を狙う

2016年7月15日(金)10時14分

 7月13日、南シナ海における中国の領有権を否定した仲裁裁判所の判断に乗じて、フィリピンやインドネシア、ベトナムなどのアジア諸国が攻撃的な行動に出ないよう、米国が静かな外交政策を展開している。写真はベトナム沿岸警備隊船艇の前を横切る中国の沿岸警備隊。南シナ海で2014年5月撮影(2016年 ロイター/Nguyen Minh)

南シナ海における中国の領有権を否定した仲裁裁判所の判断に乗じて、フィリピンやインドネシア、ベトナムなどのアジア諸国が攻撃的な行動に出ないよう、米国が静かな外交政策を展開している。複数の米政権当局者が13日、明らかにした。

「われわれが望むことは、事態が落ち着き、これらの問題が感情的ではなく理性的に対処されることだ」。米当局者の1人は、非公開の外交メッセージを説明するため、匿名を条件に語った。

こうしたメッセージの中には、米国の在外大使館やワシントンにある外国公館を通じて届いたものもあれば、カーター国防長官やケリー国務長官などの政権幹部から直接伝えられたものもあるという。

「これは、事態沈静に向けた全面的な呼び掛けであり、中国に対抗してアジア地域を結集させるような試みではない。そうした試みは、米国が中国封じ込めに向けた連合を主導しているとの間違った話を利することになる」とその当局者は語る。

オランダ・ハーグの仲裁裁判所が12日に下した裁定を受けて、事態を収拾させようとする米国の努力は、台湾がその翌日南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島に軍艦を派遣したことで、早くも後退を強いられた。台湾の蔡英文総統は出航前の甲板で、目的は領海の防衛だと乗組員に伝えた。

中国が主権を主張するいわゆる「九段線」で囲まれた南シナ海の海域について、仲裁裁判所は「歴史的権利」を有していないと判断する一方、南沙諸島で最大の島となる太平島(同イトゥアバ)に対する台湾の主権も否定。台湾は太平島を実効支配しているが、仲裁は法的な定義に基づき、それを「岩」だと判断した。

米国は、インドネシアやフィリピンにおいて、自らの外交イニシアチブが成功することを願っている、と当局者は語る。インドネシアは、何百人もの漁師を同国領ナトゥナ諸島に送り込むことで、近郊海域における中国の主張に対抗したいと考えており、フィリピンの漁師も中国の沿岸警備隊と同国海軍によって悩まされている。

<未知数>

ある米当局者は、中国に対して時に好戦的だったり、協調的だったりするフィリピンのドゥテルテ大統領がいまだ「やや未知数」だと表現している。

フィリピンのロレンザーノ国防相は、仲裁判断に先立ち、カーター米国防長官と会談を行ったことを明らかにした。その際に、カーター国防長官は、中国が米国に対して自制を確約し、米国も同様の確約をしたと語ったという。

また、カーター長官はフィリピンにも同様の確約を求め、フィリピンも同意した、とロレンザーノ国防相は述べた。

一方、中国民間機2機が13日、同国が実効支配する南沙諸島の美済(同ミスチーフ)礁と渚碧(同スービ)礁に建設された空港に着陸した。米国務省は、この着陸について、緊張を緩和するのではなく、逆に高めていると批判している。

「航行の自由という信念以外に、われわれは関心がない」とマーク・トナー米国務省報道官は13日の記者会見で語った。「緊張高まるアジアのこの地域で、われわれが求めるのは、むしろ、緊張の緩和であり、権利を主張する国すべてが平和的な解決法を見い出すために時間を割くことだ」

<緊急対応策>

しかし、もし米国の試みが失敗し、争いが対立へとエスカレートする場合には、米空軍と海軍が、領有権争いが続く地域における航行の自由を守るために準備を整えるだろう、と防衛当局者は13日語る。

上院外交委員会の筆頭理事を務める民主党のベン・カーディン議員(メリーランド州)は、フィリピンやインドネシア、ベトナムが、それぞれ独自に行動するよりも、米国と協調した方が対立の可能性が低くなると指摘する。

「中国が米国と対立したがっているとは思えない」と同議員は記者団に語った。「中国はベトナムの漁船との対立は気にかけていないが、米国との対立は望んでいない」

今回の仲裁判断は、7月末にラオスで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)の会合で最重要議題となる見込みだ。ASEANには、フィリピンやマレーシア、インドネシア、インドネシア、ミャンマー、ベトナム、タイなど10カ国が加盟している。

ケリー国務長官と中国の王毅外相も、この会合に参加する予定だ。

13日には新たな2つのダメージが米中関係を襲った。

米下院の科学・宇宙・技術委員会が同日発表した報告書で、中国政府が米連邦預金保険公社(FDIC)のコンピューターにハッキングを行っていた可能性が高いと指摘。

米通商代表部(USTR)も同日、航空機や自動車、家電、化学製品の製造に欠かせない9種類の金属や鉱物について、中国政府の輸出品関税は不当だとして世界貿易機関(WTO)に提訴した。

(Lesley Wroughton記者, John Walcott記者、翻訳:高橋浩祐 編集:下郡美紀)



[ワシントン 13日 ロイター]


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米上院、ウクライナ・イスラエル支援法案可決 24日

ビジネス

訂正-中国長期債利回り上昇、人民銀が経済成長見通し

ビジネス

米、競業他社への転職や競業企業設立を制限する労働契

ワールド

ロシア・ガスプロム、今年初のアジア向けLNGカーゴ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中